・官僚が得意な“出来ない理屈”に野田政権が洗脳されずに頑張れるかは別問題!

・なぜ現世代のみならず将来世代もその便益を享受するための国費の負担を現世代だけで賄わないといけないのでしょうか。
・欧米の経済はマクロの問題(財政赤字)とミクロの問題(不良債権処理とバランスシート調整)の両方を抱えていますが、日本は不良債権処理を終えており、課題はマクロの問題だけだ!
スマートグリッドが今後普及することも考えると、送電会社にはやれること、やるべきことがたくさんある。
・「抵抗勢力の人たちは改革出来ない理屈ばかり考えて“出来ない出来ない”としか言わない」
・官僚が得意な“出来ない理屈”に野田政権が洗脳されずに頑張れるかは別問題!

〜〜〜関連情報<参考>〜〜〜
日本に必要な“Breaking All Illusions”
増税不可避」「電力改革不可能」の幻想を捨てよ
経済財政政策を巡るillusion :
 経済財政政策を巡る議論では、様々なillusionが主張されています。
 その典型例は、復興財源、即ち10兆円超となる第三次補正予算の財源を巡る議論です。まずは復興国債を発行して対応するけれど、政府はその償還財源について所得税法人税の臨時増税で対応しようとしています。そのための理屈が、「将来世代にツケを回さない」という非常にもっともらしい主張です。
 しかし、被災地に道路など新たなインフラを建設し、また住民の居住地域が高台に移った場合、当然ながら現世代のみならず将来世代もその便益を享受することになります。それなのに、なぜそのための国費の負担は現世代だけで賄わないといけないのでしょうか。
 同様のillusionは、財政赤字の削減を巡る議論でも見られます。格付け機関が8月末に日本の国債も格下げしたとき、それが財政再建まったなしの警告であり、そのためには増税しか手段がないかのような報道が多くされました。
 しかし、そもそも格付け機関の判断がどれだけいい加減なものなのかについてはほとんど報道されていません。
 例えば、米国のS&Pは米国債の格付けをトリプルAから1段階引き下げましたが、その一方で、今年に入って1万4千もの新たな証券化商品(合計360億ドル)にトリプルAを与えています。リーマンショックの原因となった証券化商品と同じように、住宅や自動車ローンなど様々なものが混ぜこぜになっているにもかかわらず、です。米国では「徴税能力を担保とした債務の格付けが特段の追加収入の当てもない証券より低く格付けされるのは意味不明」という批判が根強く言われています。
 また、欧米での財政危機と金融危機を受け、日本の債務は欧米よりも格段に多い、だから早く消費税を増税しないと日本でも国債金利が跳ね上がって国家破綻に追い込まれかねない、といったトーンの報道ばかりが目立つのも、ある意味でillusionではないでしょうか。
 英国のエコノミスト誌が9月5日付けでの2年物国債金利を比較しています(図参照)が、日本は債務が世界最高水準であるにもかかわらず、国債金利は世界最低水準です。市場が合理的な判断をした結果がこの数字であり、なぜそうなるかを考えることも必要なはずです。
 同時に、欧米と日本で置かれている状況がだいぶ違います。欧米の経済はマクロの問題(財政赤字)とミクロの問題(不良債権処理とバランスシート調整)の両方を抱えていますが、日本は不良債権処理を終えており、課題はマクロの問題だけです。加えて言えば、欧米の経済はどこもデフレになっていませんが、日本は10年以上にも及ぶデフレから脱却できずにいます。
 もちろん、日本が膨大な債務を抱え財政再建が不可欠であることは事実ですが、様々なillusionの下で、そのためには増税が最優先と思い込んでしまうのは早計ではないでしょうか。

エネルギー政策を巡るillusion :
 エネルギー政策を巡る議論でも同じです。ちょうど最近あるテレビ番組でエネルギー問題を議論する機会があったのですが、そこでの電力業界寄りの意見の多くはillusionだなあと感じざるを得ませんでした(時間もなく面倒だったのでそこではあまり反論しませんでしたが)。
 例えば、原子力損害賠償機構法が東電の延命/救済策であると主張すると、被災者への賠償を行うためには東電を潰せない、という反論がありました。しかし、東電が潰れて被災者の賠償債権もカットされてしまうなら、その分はすべて国が面倒を見ることにすれば済む話です。政府が追加的な財政負担をするのがイヤで東電を延命させるとしたら、本末転倒です。
 また、発送電分離を行うべきと主張すると、発電と送電を分けたら送電会社は送電網の維持管理だけで何のインセンティブもなく十分に投資が行われないとか、競争を導入したらニューヨークでは大停電が起きたとか、もっともらしい反論がありました。
これらの反論はもっともらしいのですが、しかし、通信自由化の経験から、またスマートグリッドが今後普及することも考えると、送電会社にはやれること、やるべきことがたくさんあります。ニューヨークでの大停電だって競争の弊害というよりも制度設計の不備によるものと考えるべきです。
 再生可能エネルギーを巡る議論でも同様です。再生可能エネルギーの供給が増えるのは良いことですが、それはあくまで発電側に特化した議論です。特に太陽光や風力は発電が不安定な一方、送電側では常に供給を安定化(系統安定化)する必要があり、そこをどうするかの議論なしに再生可能エネルギーの将来ばかりを語るのも、ある意味でillusionではないでしょうか。

小泉元首相の名言 :
 もちろん、私も自分の考えが全面的に正しいなどとは思っていません。自戒も込めて言えば、大事なのは、政策に関する議論が一面的なillusionに偏らないようにすることではないでしょうか。まさに今の日本の政策議論にこそ、“Breaking All Illusion”の気持ちが必要だと思います。
 かつて小泉政権構造改革を推し進めているとき、いわゆる抵抗勢力と言われる人たちが激しく抵抗しました。そのときに、小泉首相(当時)は「抵抗勢力の人たちは改革出来ない理屈ばかり考えて“出来ない出来ない”としか言わない」と嘆いていました。そうした理屈の多くはillusionに他なりませんでした。
 今の日本は非常時対応が必要なときなのに、また同じようにillusionが徘徊して、“増税しか出来ない”“電力改革は出来ない出来ない”という“出来ない”病が再発しているように感じられます。
 そう考えると、野田政権が官僚を使いこなそうとしているのは過去2代の政権に比べたら進歩と言えますが、官僚が得意な“出来ない理屈”に洗脳されずに頑張れるかは別問題ですので、そこをしっかりと監視する必要があるのではないでしょうか。岸 博幸