・真の「公論」形成によってデモクラシーを慎重に運用する術を学ばない国では、財政支出の膨張と徴税機能の低下によって政府債務危機が起こり、経済が停滞する!

・真の「保守政党」が日本の政治から姿を消してしまった!
・「構造改革」「抜本的改革」が呪文の如く唱えられ、対する野党も「改革」への抵抗勢力とみなされることを恐れ、これまた「改革」競争に血道をあげるようになった!
・真の「公論」形成によってデモクラシーを慎重に運用する術を学ばない国では、財政支出の膨張と徴税機能の低下によって政府債務危機が起こり、経済が停滞する!
・最近のヨーロッパのように、経済が長期停滞に見舞われると、保守主義の衣だけをまとった偏狭な国粋主義が跋扈(ばっこ)し始める。  

〜〜〜関連情報<参考>〜〜〜
日本再生の年頭に  ■「保守政党不在」の危うさを思う 
国際日本文化研究センター所長・猪木武徳
2012.1.9 03:02 [正論]  
 「政権交代」によって日本の政治と政策の何が変わったのか。  近年、民主党自民党の政策内容を見ても、どちらの政党の政策なのかはっきりしないケースが多くなった。  消費税率引き上げ問題でも両党の内部が割れているだけで、合意までの議論が進まない。  混迷を見せる日本の二大政党体制に何が欠けているのだろうか。
≪二大政党体制に欠けるもの≫:
 1950年代半ばから80年代まで、与党の自由民主党に対して、マルクス・レーニン主義固執する野党の日本社会党が公式的な反対論をぶつけるという形で政治が進むことが多かった。  制度的遺産と智恵を守ろうとする保守党と、体制の打破をはかる革新野党の対立という図式である。
 この体制下では、日本社会党の頑迷固陋(ころう)な対決姿勢が、与党を鍛えたという要素も無視できない。  西欧世界の歴史で頑固な信仰から科学の理論が誕生したように、強い敵と戦う者をさらに強くしてくれたのである。
 しかし、近年の政権交代後の民主党自民党との経済政策論争を見ていると、およそ昔日の骨太な主論・異論という形の明確な対立は消えてしまっている。
 この現象は日本だけでない。米国の民主党共和党との経済政策論争でも同様な傾向が見られるのだ。  共和党は、もともと規制緩和と競争促進の強い政治信条を持った政党であった。  しかし近年の政策論、あるいは取り組むアジェンダ自体が、民主党のそれに似てきており、環境や福祉・安全などについても民主党と変わらない主張をする共和党政治家が多くなってきた。  もちろん米国の二大政党制は日本とは異なる歴史を持つ。  しかし二大政党は、米国でも増税や規制に関する主義主張が収斂し始めているのだ。
 この収斂は、政治家の政策理解のレベルが上がってきたことにもよる。 しかしデモクラシーの弱点が露呈されてきた点を見逃してはならない。  政策への国民の要望や意見が画一化し、政治家がその画一化した国民の要望を敏感に察知して迎合するという傾向が強まるのだ。  画一化するだけではない。政策的対応として、支持基盤の要望と利益ばかりをうかがってしまうのだ。

≪政党間の主張、政策が収斂≫:
 これでは政策を正面から内容に立ち入って議論することはできない。 つねに国民の顔色を窺(うかが)い、政治が一部の利益に振り回されやすくなる。これは「デモクラシーの病」のもたらす大きなリスクといえよう。
 こうした状況だからこそ、デモクラシー本来の価値を擁護するために、「多数」という亡霊の呪縛から解放されなければならない。  「多数」の要求を全て呑(の)み込むことには無理があるだけではない。  社会現象の中には時に「意図」とは反対の「結果」を生み出すものがあることをわれわれは自覚すべきなのだ。  消費税問題を巡る一部政治家の反対意見を聞いていると、日本の将来を見通した「公智」の欠如を感じざるを得ない。
 こうした事態を招来した原因のひとつは、真の「保守政党」が日本の政治から姿を消してしまったことにある。  小泉政権以来、「構造改革」「抜本的改革」が呪文の如く唱えられ、対する野党も「改革」への抵抗勢力とみなされることを恐れ、これまた「改革」競争に血道をあげるようになった。

≪チェック機能捨て人気に走る≫:
 「改革」が喧伝(けんでん)する理想の夢に振り回され、保守主義が果たしてきたよき意味での「チェック機能」が政治の場から失われてしまったかのようだ。
 政治の舞台での「改革」騒ぎは、時として政治家の人気取り政策に過ぎないことがある。   残念ながら、選挙の審判を受ける政治家も、多数の読者・視聴者を必要とするメディアも、ポピュラー・センチメント(国民に人気のある感覚的な意見)を無視できないのだ。  デモクラシー社会における「増税」がいかに困難かはもはや説明を要しないだろう。
 ポピュラー・センチメントの暴走は、これまで「伝統の智恵」をベースとする保守思想がチェックしてきた。   しかし、その保守政党が「改革」の嵐のなかで、いつのまにか改革一辺倒に転じ、消費税率引き上げすら頬かむりしてしまおうというのだろうか。
 たしかにデモクラシーよりましな政治システムは今のところ見当たらない。われわれはそのことを重々肝に銘じて、真の「公論」形成によってデモクラシーを慎重に運用する術を学ぶ以外に道はなさそうだ。
 この術を学ばない国では、財政支出の膨張と徴税機能の低下によって政府債務危機が起こり、経済が停滞する。   経済が長期停滞に見舞われると、保守主義の衣だけをまとった偏狭な国粋主義が跋扈(ばっこ)し始める。    最近、ヨーロッパで勢いを持ち始めた外国人排斥、移民への冷たい仕打ちは、80年ほど前の暗い世情を想起させる。(いのき たけのり)