偶発的な事態に対する経済社会の「強靱(きょうじん)性(弾力性)の確保」は?

・未曽有の「国民的災禍」を転機として次の時代を切り開く議論は?
・「復興会議」の提案はその後どうなったのだろうか?
・「創造的復興」はどのような方向に動いているのだろうか?
・首都機能分散はどうするのか?
原発を含めてエネルギー政策をどのようにするのか?
・長期的な日本社会のビジョンは?
・地域社会の安定や社会的インフラストラクチャーの確保は?
・優先課題は「効率性の追求」というより、まずは「安全性の確保」であり、偶発的な事態に対する経済社会の「強靱(きょうじん)性(弾力性)の確保」は? 

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大きな議論消えたこの1年
京都大学教授・佐伯啓思 2012.3.19 03:11
 日本人の特質を「縮み志向」と言った人がいる。  たとえば住所表記もそうであるが、東京都云々(うんぬん)という大きなところから始まり、渋谷区…町というようにだんだんと小さくなってゆく。  徐々にスケールダウンし、細かくなってゆく。
 もちろん住所の場合とはまったく違うが、震災後のこの1年を見ていると、ここでも「縮み志向」ならぬ「縮み思考」が大いに発揮されている。
 昨年の3・11の後には、日本社会の大きな転機であるとか、近代文明の転換である、といった議論が一気に噴き出した。    経済成長に邁進(まいしん)し地方を切り捨ててきた戦後日本の発展路線に対する批判もでてきた。「戦後は終わった」という人もいた。
 確かにこれらは大きな打ち上げ花火のようなところがあり、ズドンと一発打ち上げられれば、それでお役御免というところがないわけでもない。   具体的な段階になればなるほど、いつまでも大きな打ち上げ花火ばかりやってはおれまい。
 しかし、それにしても、1年たって昨今の論議や風潮を見てみると、「日本」にとってあの巨大地震の意味はどこにあったのだろうという気がしてくる。   この2、3カ月でいえば、中央政治やマスコミ・世論の関心は、ほとんど、消費税増税問題、公務員給与や人員の削減、税・福祉一体改革、そしてTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉参加問題、ついでに衆議院解散へ向けた政局作りに終始している。
 災後の復興の論議は財政論議へと向かい、財政論議は財源へと推移し、財源論議はまたまた行政の無駄の削減や増税論といったレベルへと移行している。 TPPを別にすれば、ほとんど財政削減と行政改革についての、つまり「カネ」と「人」の無駄という台所事情へ収束してしまった。
 これらの論議が無意味で不必要なわけではない。  何をするにも「カネ」は必要であり、最後は「カネ」の話になる、というのもわからないではない。
 だがそれにしても、1年前の、あの「緊迫感」はどうなってしまったのだろうか。  この未曽有の「国民的災禍」を転機として次の時代を切り開く、といったような「大きな論議」はほとんどしぼんでしまった。   復興がらみでいえば、そもそも「復興会議」の提案はその後どうなったのだろうか。   具体的な東北復興(「創造的復興」などといわれた)はどのような方向に動いているのだろうか。  今頃になって、野田佳彦首相が巨大ながれきの山を諸自治体で引き受けてほしいなどといっている。  そして原発は再稼働するのかどうなのか。  これもほとんど方針が定まらない。
 もちろん、復興などと口ではいうが、被災者にとってはまずは生活の確保が先決であり、「がれきの山」などとあたかもやっかいな粗大ごみのような言い方自体がたまらないであろう。   確かに、時間をかけて少しずつ問題を片づけてゆくほかなかろう。
 だがそれでもいくつか無視しえない事柄はある。  あの巨大地震によって、われわれの思考を大きく変えなければならなくなったことは事実なのだ。
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 第1に、ともかくも「復興」を優先しなければならない。とすれば、増税や歳出削減よりも前に、ある程度の規模の復興対策としての財政出動公共投資は不可欠である。   財政健全化はいずれ政治課題になるとしても、東北復興と福島の除染や原発処理をどのような形で実現するかの論議が優先されるべき課題である。
 第2に、「災後」などという人もいるが、実際には「災後」どころか、「災中」と見ておかねばならない。  仮に地震学者の見解を信じるなら、今後、日本各地で巨大地震が想定されている。  東京大地震も予測されている。したがって、「防災」こそが緊急の課題であって、これにはもう時間をかけている暇はない。 首都機能分散も当然ありうる。  むろん具体的方策をすぐさま提示することは困難であろうが、目立った議論もないのはどうしたことか。
 第3に、原発を含めてエネルギー政策をどのようにするのか。  原発についてはほとんど判断停止のように見受けられる。  世論の過半は反対であり、経済界は推進派である。  私は、短期的には安全性の高い原発はすみやかに再稼働すべきであり、長期的には経済成長の予測とエネルギー自給と分散の観点を考慮しつつ徐々に減原発にもってゆくのがよいと思うが、いずれにせよ、これはある程度長期的な日本社会のビジョンと不可分であろう。
 第4に、この地震は、日本が先進国のなかでもかなり特異な立地条件のもとにあることを示した。  日本の優先課題は「効率性の追求」というより、まずは「安全性の確保」であり、偶発的な事態に対する経済社会の「強靱(きょうじん)性(弾力性)の確保」であることが判明したはずである。  過度な市場競争よりも、地域社会の安定や社会的インフラストラクチャーの確保こそが優先されるべきなのである。これは従来の「市場原理主義」とは異なる方向なのだ。
 いくつか列挙したが、これらは昨年の大地震から得られる当然の教訓であり、当然の方向転換である。   せめてこの程度の「大きな論議」がなければわれわれはいつまでたっても前へは進むことができないだろう。(さえき けいし)