・投機筋が年初から円キャリー取引を増やして、決算期の6月を前にしてポジションを解消する動きが、為替の円高アノマリーに通じていると理解できる。

・三条 健です。 ポイントは以下です。
アノマリーの理由としては海外投資家の動向である。シカゴIMM通貨先物における投機筋のポジションでは、2009〜2012年にかけて、3月から5月初まで円売りポジションに転じる傾向が確認できる。
・投機筋が円キャリー取引を通じて、資金をファンディングして取引を増やしている動きを反映していると考えられる。  円で活発に資金調達が行なわれるとき、ドル円レートは円安方向に振れやすい。
・投機筋が年初から円キャリー取引を増やして、決算期の6月を前にしてポジションを解消する動きが、為替の円高アノマリーに通じていると理解できる。
リーマンショックを境に、通常の投資家の余力が低下してしまったために、相対的に投機筋の取引が目立つようになったためだと解釈される。円高とは、ドル安・ユーロ安の裏返しであり、ドルやユーロの取引需要が低下したために引き起こされている。
・欧米経済がリーマンショックを境に弱体化したことで、ドル高に戻るベースにはかつてのような勢いはないと考えられる。
・短期では円高、中期ではまた円安に戻る。しかし、趨勢としてリーマンショックの打撃を引きずって、為替水準がかつてのような1ドル100円には数年間は戻らないという見方である。

〜〜〜関連情報<参考>〜〜〜
円高アノマリーはなぜ起こるのか
5月連休後の円高パターンは錯覚か、本物か
熊野英生・第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト
【第62回】 2012年5月9日
 5月の連休前後に、再び円高が進行している。 ドル円相場は、一旦、2012年2月から超円高局面を脱却し、1ドル84円近くまで円安方向に振れた。  このときは、日銀の金融緩和が成功したという見方が多かった。
 ところが、その後のドル円レートの推移は、3月半ばには円安の流れが止まって、4月にかけて1ドル80円の水準まで戻っていった。
 なぜ、円高の流れはこれほどまでに粘り強いのだろうか。  日銀の追加緩和が小粒なわけではない。  日本の貿易収支は、震災後の2011年春から赤字に転落し、相対的に円買いの圧力を弱めているはずだ。  2011年後半の1ドル77円前後の円高は、輸出企業から見れば、行き過ぎの水準と感じられる。
経験則の確認:
 相場変動には、しばしば説明できないパターンが確認されることがある。  これをアノマリーと呼ぶ。  通常、相場変動を合理的な理由で説明するときには、ファンダメンタルズ分析に基づく。
 一方、そうした理論的背景で説明できない経験的変動、あるいは季節的変動があるので、そうした動きを例外とみなしてアノマリーと呼ぶ。  アノマリーは、皆がそのパターンを意識するから、自己実現的に起こるという見解もある。
 グラフでは、1月から12月まで1年間のドル円レートの推移を2009〜2012年にかけて並べてみたものである(図表1)。  ここでわかるのは、3〜4月に円安方向に振れる傾向であることだ。   6〜11月にかけては、逆に円高方向に振れることが多い。
 なお、ここで掲示したグラフでは、2008年以前は除いている。  調べてみると、2000〜2008年にかけては、2002年を除いて、3〜4月に円安に振れるパターンにはなっていない。  リーマンショック後の2009年以降に、季節的に春に円安に振れ、夏から秋に円高に向かうというアノマリーが成り立っている。
どうしてこうしたアノマリーが成り立つのかは、正直なところ、理由がわからない。  理由がわからないから、経験則だと言われる。
 しばしば使われる理由付けとしては、
(1)連休前に海外旅行者が円を売って外貨を買うこと、
(2)新年度入り後に金融機関の海外投資が増えること、
(3)海外投資家の6月決算から30日・45日前にあたる4・5月に換金売りが集中すること(円売りポジションの巻き戻し=円高要因)
などが言われる。
データの検証:
 アノマリーの理由として筆者が注目するのは、上記の(3)に見られる海外投資家の動向である。シカゴIMM通貨先物における投機筋のポジションでは、2009〜2012年にかけて、3月から5月初まで円売りポジションに転じる傾向が確認できる(図表2)。
 これは、投機筋が円キャリー取引を通じて、資金をファンディングして取引を増やしている動きを反映していると考えられる。円で活発に資金調達が行なわれるとき、ドル円レートは円安方向に振れやすい。
 また、この円安への振れは、持続性のあるものではなく、7〜11月になると、今度は円買いポジションに転じてしまう。 つまり、投機筋が年初から円キャリー取引を増やして、決算期の6月を前にしてポジションを解消する動きが、為替のアノマリーに通じていると理解できる。

 これに関連した動きが、他にもある。財務省「対外及び対内証券売買契約等の状況」を使って、海外投資家の売買高の推移を確認すると、年初には少なかった対日証券投資の取引量が、2〜4月には増加するパターンが確認される(図表3)。
 この取引量の増加は、必ずしも円買いを意味しない。 むしろ、海外投資家が取引を活発化させたときには、ドルの決済需要が押し上げられて、ドル高・円安になる。  先のシカゴIMMの動きも、投資家の取引活発化と連動していると考えられる。

リーマンショック後の傾向:
 興味深いのは、シカゴIMMの動きも証券投資の動きも、2008年までの時期にはあまり明確には確認できなかったことである。  ドル円レートに見られるアノマリーは、2009〜2012年に限られた新しいものなのだ。
 見方を変えれば、ドル円レートの水準が、リーマンショック後のように円高水準になると、アノマリーが現れやすくなる。
 この点を読み解くと、リーマンショックを境に、通常の投資家の余力が低下してしまったために、相対的に投機筋の取引が目立つようになったためだと解釈される。  円高とは、ドル安・ユーロ安の裏返しであり、ドルやユーロの取引需要が低下したために引き起こされている。
 投機筋の存在感は、伝統的な証券取引が相対的に細ってしまったことによって、より大きくなったと見られる。 巷間言われるリスク回避志向とは、活発にドル決済をするニーズの低下であり、それが円高圧力につながる。
 ドル円レートが投機筋の影響を受けやすいのは、かつては分厚かった金融取引が、リーマンショックのダメージで薄くなったせいでもある。
すべてをアノマリーで解釈してはいけない:
 ここまで為替のアノマリーについて述べてきたが、最後にアノマリーの位置づけをきちんとしておきたい。
 アノマリーとは、「毎年、春になると起こること」といった季節的変動であり、相場の趨勢ではない。  ごく短期の循環を示しているに過ぎないので、趨勢と見間違うことに注意すべきだ。
 それに対して、中期トレンドとして存在するのは、景気循環である。
 いわば、ファンダメンタルズ要因である。
 現在は、世界経済は再拡大の流れにスイッチしようとしているのが、ファンダメンタルズの視点での筆者の理解である。  短期変動は円高でも、中期変動は景気拡大=ドル持ち直しのトレンドだという理解である。
 さらに注意すべきは、景気循環のもう1つ外側に、長期トレンドが存在することだ。 おそらく、現在の長期トレンドは、欧米経済の成長力を反映する。
 欧米経済がリーマンショックを境に弱体化したことで、ドル高に戻るベースにはかつてのような勢いはないと考えられる。
 この長期トレンドは、「欧米経済の日本化」という言葉で言い換えられる。「日本化」とは、巨大なバブル経済が弾けた後、大規模な政策動員を行なっても、なかなか経済が健全体に戻らないことを指す。
 最近のフランス大統領選挙を見てみるがよい。財政健全化を叫ぶサルコジ大統領が、緊縮財政反対のオランド候補に敗北した。  オランド次期大統領は、緊縮財政に慎重であり、成長・雇用重視を掲げる。 オランド氏は、もはや財政出動景気対策を頼れないから、曖昧な構造改革のような内容で成長促進を目指すというしかない。
 日本のバブル崩壊後がそうだったように、バブル崩壊の穴埋めを財政出動でできなかったので、金融緩和と構造改革頼みにならざるを得ない。  財政再建路線に対して、国民や政治家が我慢できなくなったことは、小泉構造改革後の日本とよく似ている。
 恐いのは、この「日本化」現象は、バブル崩壊からの脱却に手間取っている間に、人口高齢化といった重石が経済成長力を押し下げることである。
 欧州経済には、そうしたリスクが高まっている。
 筆者の理解は、短期では円高、中期ではまた円安に戻る。しかし、趨勢としてリーマンショックの打撃を引きずって、為替水準がかつてのような1ドル100円には数年間は戻らないという見方である。