・グローバル経済の中で、日本人が失ってはならないのが「士魂」と「国家」を忘れない「士魂商才」だ!

・出光興産は近代日本を、規模の大きさとか成長力とかだけではなく、精神的な意味で代表する会社の1つだ。その精神の核は、創業者の人格からのものである。
・水島銕也校長は「武士の心を持って、商いせよ」といい、1枚の半紙に「士魂商才」と墨書した。
・近代日本の資本主義の躍進には、「商魂」ではなく「士魂」が基盤としてあったのである。「国家を第一に考える」精神が貫かれていなければならない
・「黄金の奴隷たる勿(なか)れ」という社是
・グローバル経済の中で、日本人が失ってはならないのが「士魂」と「国家」を忘れない「士魂商才」だ!





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■「士魂」を日本経済再生の背骨に
文芸批評家・都留文科大学教授 新保祐司 2013.1.29 03:24 [正論]
 昨年7月に刊行された百田尚樹氏の小説『海賊とよばれた男』(上下2巻)が、ベストセラーになり話題を呼んでいる。  このドキュメント小説は、出光興産の創業者・出光佐三をモデルにしたもので、大学卒業後19年ほどこの会社で働いた私は単に面白いという以上の興味を抱きながら読了した。
 ≪出光佐三が掲げた経営理念≫
 出光興産は、明治44年、北九州の門司に創業された民族系石油会社だが、「人間尊重」の経営理念を掲げ、出勤簿がない、定年がない、労働組合がない、といったユニークな点が有名であった。  敗戦後約千人いた社員を1人も馘首(かくしゅ)しなかったことや、石油を国有化しイギリスと係争中のイランから日章丸2世がガソリンと軽油を輸入した、いわゆる日章丸事件などは画期的なことであった。
 その他この小説に書かれていることは、社員教育などで大体知ってはいたが、退社後16年ほど経(た)った今日、その後の経験によって生まれた距離感から形成された遠近法をもって眺めると、確かに出光興産は近代日本を、規模の大きさとか成長力とかだけではなく、精神的な意味で代表する会社の1つだと思った。その精神の核は、いうまでもなく、創業者の人格からやってきたものである。
 店主(佐三は会社でそう呼ばれていた)が95歳で亡くなったのは、昭和56年3月7日のことであるが、当時、私は入社4年目で京都支店に勤務していて石油の販売に忙しかったし、すでに高齢であった店主の講話などを聞く機会はなかった。  しかし、この小説を読みながら、単なる利益追求の会社ではなく、こういう精神的な背骨が貫かれた会社で前半生を働いたことの幸福を改めて思った。
 小説の中に「国岡商店(小説の中の名称)のことよりも国家のことを第一に考えよ」という佐三の言葉が出てくる。  私は、保守の思想を勉強して覚えたのではない。  『永遠の日本』とか『日本人にかえれ』といった著作を著した日本人が創業した民族系石油会社のガソリンスタンドの吹きさらしの店頭で身に付けたのである。
 ≪プロテスタンティズムに匹敵≫
 本書の第2章「青春」の5節は、「士魂商才」と題されている。  創業時のことが書かれているが、門司の路面電車が走る通りに面した木造2階建ての古い民家を借りて出発したという。   店には、恩師である神戸高商の水島銕也校長の筆による1枚の額が掛けてあった。  創業の報告に行ったとき、水島は佐三に「武士の心を持って、商いせよ」といい、1枚の半紙に「士魂商才」と墨書した。
 これが、出光佐三の生涯を貫く座右の銘であった。 こういう言葉も会社に勤務していた頃は、目先にある現実に囚(とら)われてしっかりとは受け止めていなかったように思い返される。  退社後のさまざまな経験と今日の日本の状況の考察を経てくると、この「士魂商才」というモットーが、決して空言ではなく、実に重要な意義を持ったものであることが分かってくる。
 マックス・ヴェーバーの有名な『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』が提示したプロテスタンティズムの世俗内禁欲が実は、資本主義の発展を推進したという逆説にならっていうならば、近代日本の資本主義の躍進には、「商魂」ではなく「士魂」が基盤としてあったのである。
 ≪「商魂」の跋扈で経済衰退≫
 「士魂商才」は、「愛国の教育者」といわれた水島校長が与えたモットーであり、当時の商業に勤(いそ)しむ多くの日本人の心に響く言葉であったに違いない。  近代日本の資本主義を牽引(けんいん)した精神は、この「士魂商才」であったのである。   日本が戦後復興したのも、「士魂商才」が生きていたからであり、一方、バブル崩壊以降日本経済が衰退していったのも、「士魂商才」を失って「商魂商才」が跋扈(ばっこ)するようになったからである。
 商売をうまくやるには、「商魂商才」で十分だと思ってしまうのが今日的価値観である。  商売の真の成功には、実は逆説的に「士魂商才」が必要なのであり、「国家のことを第一に考える」精神が貫かれていなければならない。 小説の中に「黄金の奴隷たる勿(なか)れ」という社是が出て来るが、こういう「士魂」が日本資本主義の腐敗を防ぐ防腐剤に他ならなかった。
 内村鑑三は、近代日本の実業家に深い影響を与えた講演「デンマルク国の話」で、「宗教、信仰、経済に関係なしと唱うる者は誰でありますか、宗教は詩人と愚人とによくして実際家と智者に要なしなどと唱うる人は歴史も哲学も経済も何も知らない人であります」と言った。   「経済」にはそれを超えるものが基盤になっていなければならない。   日本人の場合は「士魂」である。  それは、政治にも文化にも必要なものである。
 グローバル経済の中で、日本人が失ってはならないのが「士魂商才」であり、安倍晋三新政権下での景気回復などというものも、「士魂」と「国家」を忘れ、「商魂商才」でよしとする風潮のままならば、真に日本を再生させるものとはならないであろう。(しんぽ ゆうじ)