・アジアはすでに中国の異常な軍拡によって緊張の中にある。

・ジェラルド・カーチスの論評は、中国の侵略が先で、それが危機激化の原因であることに目をつぶっている。
・中国は連日のように公船を日本の領海や接続水域に侵入させ、背後にフリゲート艦を、空には戦闘機を展開して軍事的に日本の主権を脅かし続けている。
・日本国の領土である尖閣諸島に領土問題が存在すると認めること自体、中国の根拠なき領有権の主張に一歩譲ることである。
・アジアはすでに中国の異常な軍拡によって緊張の中にある。 弱い日本こそ中国の暴走を誘う要因となり得る。 だからこそ、過日の日米首脳会談で日本が集団的自衛権の行使を前向きに検討していることを米国側は好感した。
・米国内にも日本の憲法改正を望む声は常にある。




〜〜〜関連情報<参考>〜〜〜
米国リベラル派の親中的安倍批判   
桜井よしこ  2013.03.16
  外交専門雑誌『フォーリン・アフェアーズ』(以下FA)の3,4 月号に日本通で知られるジェラルド・カーチス氏が「日本の慎重なタカ派達(Japan’s Cautious Hawks)」という題で論文を寄せている。
  氏は大分出身の政治家、佐藤文生氏を密着取材して『代議士の誕生』(1971 年、サイマル出版会)を世に問い、流暢な日本語もあって、人気を博した。  コロンビア大学で日本政治を研究した氏の10頁にわたる論文に通底するのは、安倍政権への警戒心と、日本の真の自主独立国家を目指す動きへの拒否感だと言える。
 氏は昨年の選挙の自民党勝利を、安倍晋三氏もしくは自民党への支持ではなく、民主党への失望の結果だったと指摘したうえで、「大衆の動機が何であれ、選挙によって日本は右傾化する政府と、自衛隊憲法上の制約を破棄し、日本の若者により強い愛国心を植えつける教育制度改革を行い、東京(日本)が地域及び国際情勢においてより大きな指導力を保持することを目指す首相を生み出した。  多くの日本研究者にとって、日本は先鋭的右傾化の転換点にあると思える」と書いた。
 参議院でも過半数を勝ちとれば、安倍首相は「歴史修正の動きを押し進めるかもしれない」と予測したうえで、「しかし如何なる挑発的な動きも結果を伴うだろう」として、氏は次のように警告する。
 「もし、彼(安倍首相)がこれまで表明してきたように、第二次世界大戦の過ちを詫びた前政権等の談話を無効にする場合、中国、韓国との危機を招くだけでなく、米国の強い非難にも直面するだろう」
 歴史問題で日本の主張を認めないのと同様、氏は尖閣諸島を巡る中国の横暴な振る舞いに関して、日本の立場を認めない。  氏は「ワシントンは尖閣諸島の日本の主権を認めていないが、紛争発生時には東京を支える義務がある」としたうえで、「最近の危機の激化(flare-up)は中国によってではなく、日本側の行動によって引き起こされた」と断定するのだ。
■中国の主張への全面的同調
  さらに石原慎太郎都知事を「国粋主義者(nationalist)」と呼び、氏の尖閣購入宣言自体を問題視する。 これら一連のカーチス氏の主張は中国共産党の主張とピッタリ重なる。
 石原氏の尖閣購入宣言は、中国が日本の領有権を無視して年々侵略の度合いを強める一方だったのに対して、日本政府の無策が続いた結果、止むに止まれぬ思いから生まれたものだ。  カーチスの論評は、中国の侵略が先で、それが危機激化の原因であることに目をつぶっている。
 現在、中国は連日のように公船を日本の領海や接続水域に侵入させ、背後にフリゲート艦を、空には戦闘機を展開して軍事的に日本の主権を脅かし続けている。この緊張を緩和するために、カーチス氏は米国が2つのことをすべきだと説く。
 「第一に米国が同盟国日本の側にしっかりと立たなければならない。紛争の際、ワシントンが日本支持にためらいを見せれば、東京は非常に狼狽する」、その場合、「日本の右翼(Japanese right)」が、その機に乗じるだろうと警告する。
 次に、日中双方に尖閣問題を激化させないよう米国政府の影響力を行使せよとして、こう書いている。
 「状況改善の第一ステップは、安倍がまず尖閣諸島をめぐる争いは存在しないという虚構(fiction)を諦めることだ」「日本が好むと好まざるとに拘らず、尖閣論争は日中二国間の議論すべき問題である。 安倍首相が議論に前向きの意を示せば、中国の対立的立場を後退させるきっかけとなり、日米の政策調整もより巧くいく」
 日本国の領土である尖閣諸島に領土問題が存在すると認めること自体、中国の根拠なき領有権の主張に一歩譲ることである。 にも拘らず、まず、安倍首相に領有権問題の存在を認めよというのは、中国の主張への全面的同調と言わざるを得ない。
 氏は、安倍政権の下で自衛隊に関する憲法上もしくは法律上の改正がなされることへの危惧も表明する。  日本が大規模な再軍備に踏み切れば、アジアで軍拡レースが起き、日本と韓国との関係を含めて、地域関係が緊張し、アメリカが紛争に巻き込まれる危険が生じるというのだ。
 しかし、アジアはすでに中国の異常な軍拡によって緊張の中にある。弱い日本こそ中国の暴走を誘う要因となり得る。だからこそ、過日の日米首脳会談で日本が集団的自衛権の行使を前向きに検討していることを米国側は好感した。加えて、米国内にも日本の憲法改正を望む声は常にある。カーチス氏のリベラルな立場がすべてではないことを確認しておきたい。
 FA誌のカーチス論文を英文和文で較べてみて、今回、FA誌の日本語版に大きな問題があることに気づかされた。
■不明な編集意図
 カーチス論文の日本語版は「2013 No.3」に掲載されているが誤訳と意訳が目立つ。 たとえば先出の「最近の危機の激化(flare-up)は中国によってではなく日本側の行動によって引き起こされた」が、日本語版では「最近における危機の深刻化は、中国だけではなく、日本の行動によって引き起こされている部分もある」と訳されている。
 緊張激化を引き起こしたのは日本であるというカーチス氏の一方的日本断罪が、なぜこのように緩和して訳されたのか。  カーチス論文への日本の読者の批判を回避するためか。  いずれにせよ著者に対しても、読者に対しても、出版社として説明する責任があるだろう。
 また次の訳は一体どういうことか。日本語版は「現在、東京が心配しているのは、米中衝突のリスクではなく、むしろ米中間の戦略的対立だ」と書いているが、原文は「現在、東京を悩ませているのは米中共謀の可能性ではなく、戦略的対立の可能性である」である。
 「米中共謀の可能性」が「米中衝突のリスク」になぜ、なるのか。
 また編集意図は不明だが、日本語版にはカーチス論文に続いて、2007年3,4月号に掲載されたマイケル・グリーン氏によるケネス・パイル著『台頭する日本』の書評が再び掲載されている。
  優れた日本分析だが、同書は、尖閣への中国の領有権主張が激化する前のものだ。 北朝鮮の2回目及び3回目の核実験も、李明博前韓国大統領の竹島不法上陸も行われていない時期の本だ。
 日本周辺の政治、安全保障の状況はその後大きく変化した。 にも拘らず、状況が変化する前の本の書評を、なぜここに並べたのか。
  日本の立場への理解を示しているパイル氏の本によって、カーチス氏の対日批判を緩和する意図か。いずれにしても理解し難く、FA誌の日本語版にも違和感を抱くゆえんである。(週刊新潮