・過激派は確信犯であり、説得や和解策、経済的対応などでその活動をやめる相手ではない。報復を恐れての譲歩は相手を増長させ一層危険だ。

・08年の「グルジア戦争」があり、同国内のアブハジア南オセチアの2地域は事実上露が保護領にした。
・09年オバマ氏が米大統領になると、彼は早速「リセット」すなわち露との関係改善策を打ち出した。 
・これは2地域の露保護領化の黙認を意味する。 
・露指導部や軍部は、西側は口では批判するが、露が力で強く出れば欧米諸国もNATOも無力を露呈する、と自信を強めた。 
・これが露による「クリミア併合」と現在のウクライナ問題の誘因になった。
・重心はウクライナ問題からシリアに移動し、ロシアは孤立を脱した。
・仏とは「エジプトで露旅客機が墜落が同じテロ被害者」だとして、孤立を脱する絶好の機会と判断したのだ。
・過激派は確信犯であり、説得や和解策、経済的対応などでその活動をやめる相手ではない。報復を恐れての譲歩は相手を増長させ一層危険だ。
 「報復の連鎖」を批判する人で有効な代案を提示した人を私は知らない。
・仏も米も、露との連携のためにウクライナ問題などを軽視すべきではない。









〜〜〜関連情報(参考)〜〜〜
2015.11.23 05:01更新 【正論】
大国の思惑秘める「対テロ連帯」 新潟県立大学教授・袴田茂樹

 パリのテロ事件、エジプトでの露旅客機墜落事件により、「イスラム国」(IS)対応で国際関係が急変している。私は「またか」という既視感に襲われるが、それを簡単に説明して世界が直面している問題点を考えたい。
≪仏が目指す宥和と連合≫
 2001年の9・11事件を契機に、「国際テロへの対応」で米露は急接近した。しかしプーチン時代の大国主義復活により06年には露専門家も「露は最終的に欧米の軌道を脱した」と述べた(D・トレーニン)。  07年にはプーチン大統領ミュンヘンで欧米を真っ向から批判して対立姿勢を明確にした。 その背景は、北大西洋条約機構NATO)による東欧へのミサイル防衛システム配備計画への反発である。
 この延長線に08年の「グルジア戦争」があり、同国内のアブハジア南オセチアの2地域は事実上露が保護領にした。
 欧米はこれを批判したが、露は「特殊権益圏」つまり勢力圏の概念で正当化した。 
 その時、欧州連合(EU)理事会議長国だった仏のサルコジ大統領は個人的野心も加わり、仲介役として宥和(ゆうわ)実現に奔走した。
 これを受けて翌09年オバマ氏が米大統領になると、彼は早速「リセット」すなわち露との関係改善策を打ち出した。 これは2地域の露保護領化の黙認を意味する。 露指導部や軍部は、西側は口では批判するが、露が力で強く出れば欧米諸国もNATOも無力を露呈する、と自信を強めた。 これが露による「クリミア併合」と現在のウクライナ問題の誘因になった。
 欧米などの対露制裁やシリア問題で露が国際的に孤立しているとき、今回のパリでのISテロ事件が起きた。ISを最大の脅威と見るオランド仏大統領は、サルコジ氏と同様の野心も手伝って欧米と露の宥和と連合に強い意欲を示し、仏主導でISに対抗する新たな国際連帯を目指している。今週には米露の大統領と会談予定だ。

≪露の狙う新たな勢力圏構築≫
 同じ発想で動いているのが露である。プーチン氏は9月末に米仏と並んでシリア爆撃を始めたが、これに関連して露政権に近い論者は次のように述べた。「もしISが絶対悪なら、それと戦っている国への制裁はもはや有り得ない。
 露は対等の立場で欧米と政治・軍事連合が可能となった。重心はウクライナ問題からシリアに移動し、ロシアは孤立を脱した」(『エクスペルト』誌)。この論者はさらに、露が中心となってISに勝利すれば、露は地域紛争解決の頼れる実力者として「新ヤルタ体制」すなわち新たな勢力圏の構築を主導できる、とも言う。
 10月末にエジプトで露旅客機が墜落したとき、露はテロ説を受け入れなかった。しかし、パリでのテロ事件の後は一転して調査委員会の結論を待たずテロ説を断定的に肯定した。
 仏とは「同じテロ被害者」だとして、孤立を脱する絶好の機会と判断したのだ。
 ラブロフ外相や露のマスメディアは、欧米は二義的な問題を巡る露との見解の相違は全て捨てて、今はISとの共同闘争に全力を注ぐべし、との論を前面に出している。二義的問題とはウクライナ問題、アサド政権問題などだ。
 欧米と露の「反ナチ」ならぬ「反IS統一戦線」の提案さえある。と言っても、欧米と露が真の同盟関係になれるという論は露にもない。
 つまり一時的な共同戦線の提案で、IS問題解決後には地政学的対立は避けられず、将来の勢力圏確保のために、今できるだけ有利な立場を確保しておくとの戦略である。露だけでなく仏や米の動向を見ても、私が既視感に襲われると述べた理由もお分かりと思う。

≪国家の弱体化が問題だ≫
 最近のテロ事件で私が再認識したことが幾つかある。
 第1に、テロもそれへの対策もグローバル化したが、最終的には各国の治安・情報機関の能力が問われているということだ。
 仏がトルコなどから危険人物の具体情報を得ながら放置したそうだが、冷戦後欧米諸国の国家としての能力低下が問題だ。
 移民問題も含め、EUの中途半端な「二重主権」状態が状況を一層悪化させている。
 第2は、テロや民族・宗教紛争を深刻化させている原因は「文明の衝突」や「先進国と途上国の対立」というより、秩序を維持できない破綻国家や国家弱体化の問題がより大きい。イスラム過激派の被害者の圧倒的多数は、仏や米の国民ではなく、中東やアラブ世界、アフリカの人たちである。 問題はその報道が小さいことだ。
 第3に、今回のテロ事件で仏、米、英、露などがISへの軍事対応を強化したが、他の選択肢は思い浮かばない。 過激派は確信犯であり、説得や和解策、経済的対応などでその活動をやめる相手ではない。報復を恐れての譲歩は相手を増長させ一層危険だ。
 「報復の連鎖」を批判する人で有効な代案を提示した人を私は知らない。
 最後に最も重要なことだが、露との連携のためにウクライナ問題などを軽視すべきではない。IS問題は大国による主権侵害より重大だという見解は理解できない。(はかまだ しげき)