湾岸戦争から25年の長丁場で世界を見る視点が求められる。 歴史は繋がっている!

・冷戦後の世界秩序は明らかに「底抜けした」と言うしかない状態である。
・日本では湾岸戦争は、自衛隊を派遣すべきか否かで大論争になり、結局、派遣できずに大金を支払って逆に世界から顰蹙を買った出来事。
・地上戦突入の直前、イラク軍のクウェートからの無条件撤退が行われる流れができあがっていた。
・しかし、アメリカはあえてそれを許そうとはしなかった。このことは近年公開され始めた各国の外交文書や各種資料が実証する。
・冷戦後の世界で「唯一の超大国」として強いリーダーシップとアメリカの単独覇権という世界秩序を作り出すことがこの戦争の目的だ、ということを意味していた。
・「その傲慢さ」は世界中に深い反発と怨念を残すことになった。その一つがアルカーイダなどのイスラム過激主義を生み出し「9・11」やアフガン戦争、イラク戦争をもたらし、今日のISの出現に繋がってくる。
歴史は必ず繋がっている!
湾岸戦争を見て米軍のハイテク兵器に震え上がった中国の人民解放軍は以来、営々と歴史的な大軍拡へと突き進み今日に至っている。
・91年2月23日には、モスクワ中心部に50万人のソ連軍人が集まってアメリカへの対抗の必要を訴えた。これこそソ連崩壊を超えて、今日アメリカへの対抗心をむき出しにクリミア併合や中東介入に突き進むプーチン外交を支えるロシア国民の精神的な淵源なのだ。
・かくて世界は冷戦後の新秩序の機会を失っていった。湾岸戦争から25年の長丁場で世界を見る視点が求められる。











〜〜〜関連情報(参考)〜〜〜
2016.1.11 14:00更新  【正論】
湾岸戦争から25年、国際秩序の崩れはいよいよ深刻な現実となった… 中西輝政

≪皮肉な「素晴らしき新世界」≫
 昨年、日本では「戦後70年」に人々は大きな関心を向けたが、世界では、ある戦争の「戦後25年」が差し迫った話題になっている。それは1991年に起こったあの湾岸戦争である。というのも、冷戦後の世界秩序の歴史的な崩れがいよいよ現実となってきたからである。実際、2015年の世界は、シェークスピアが人々の傲慢なほどの楽観主義はやがて大いなる幻滅と混乱をもたらすことを皮肉を込めて呼んだ「素晴らしき新世界」を現出するものとなった。
 中東とヨーロッパ・北米を覆った凄惨なイスラムスンニ派過激組織「イスラム国」(IS)によるテロの連鎖と、第二次大戦以来かつてなかった大規模な難民流出という人道上の危機。目を東に転じれば、この数十年「改革・開放」を掲げグローバル経済の恩恵を受けて急成長してきた中国が、一転、強硬な軍事膨張政策を露わにし南シナ海の人工島をめぐり米軍と正面切って対峙し始めた。
 さらにプーチン政権のロシアも武力を行使してクリミアを併合した上に、ソ連時代にもやらなかったような中東への直接的な軍事介入に乗り出している。他方、アメリカは中東への本格介入は何としても避けようとしている。冷戦後の世界秩序は明らかに「底抜けした」と言うしかない状態である。
 かつて「希望の世紀」の到来と期待された冷戦終焉後の世界は、今や全く皮肉としての「素晴らしき新世界」に成り果ててしまった。一体なぜこんなことになってしまったのか。全ては「あの戦争」に起因しているのである。
 日本では湾岸戦争というと、自衛隊を派遣すべきか否かで大論争になり、結局、派遣できずに大金を支払って逆に世界から顰蹙を買った出来事、という記憶しかないかもしれない。が、あの戦争こそ今日の国際秩序の混迷の元凶だったことを知る必要があろう。

≪単独覇権もくろんだ湾岸戦争
 25年前の1月17日、湾岸戦争開戦の朝、「砂漠の嵐作戦」に参加したアメリカ第82空挺師団のある軍曹は次のような手記を残した。「今われわれは今後数百年にわたる世界の大改造のためにこの戦争を戦おうとしているのだ」。
 ブッシュ大統領(父)も、この戦争の目的を「世界新秩序の確立」と、その開戦演説で語った。
 確かに武力でクウェートを占領したサダム・フセインイラクを制裁しクウェートから撤退させることは国際社会の一致した意思であった。問題はそのやり方だった。しかもアメリカの目標は理念的にすぎた。ここにアメリカの過誤があったといえる。
 実は地上戦突入の直前、イラク軍のクウェートからの無条件撤退が行われる流れができあがっていたのである。しかし、アメリカはあえてそれを許そうとはしなかった。このことは近年公開され始めた各国の外交文書や各種資料が実証するところである。
 私は湾岸戦争直後、「湾岸に沈んだ新秩序−単極体制を夢みるアメリカは世紀の過ちを犯す」と題する論文を発表した(『Voice』91年5月号)。
 そこでも触れたが、ブッシュ大統領は開戦演説でアメリカ独立戦争の思想的指導者トマス・ペインの言葉を引用して「この戦いは人々の魂をめぐる戦いとなろう」と語っていた。
 つまり、アメリカの圧倒的な力を世界に見せつけることによって、冷戦後の世界で「唯一の超大国」として強いリーダーシップとアメリカの単独覇権という世界秩序を作り出すことがこの戦争の目的だ、ということを意味していたのである。

アメリカの振幅と落差の大きさ≫
 実際それはあまりにも華々しく成功し、しかもあまりにもあからさまであった。その傲慢さは世界中に深い反発と怨念を残すことになった。その一つがアルカーイダなどのイスラム過激主義を生み出し「9・11」やアフガン戦争、イラク戦争をもたらし、今日のISの出現に繋がってくるのである。
 今こそオバマ大統領のアメリカは世界秩序維持のために地上軍による本格介入が求められるときであるのに、そしてアメリカにはその力があるのに、シリアの人道危機にも正面から対処しようとしない。
 この振幅と落差の大きさは、アメリカの同盟国としてわれわれは覚えておく必要があろう。
 湾岸戦争を見て米軍のハイテク兵器に震え上がった中国の人民解放軍は以来、営々と歴史的な大軍拡へと突き進み今日に至っている。地上戦突入の前日(91年2月23日)には、モスクワ中心部に50万人のソ連軍人が集まってアメリカへの対抗の必要を訴えた。これこそソ連崩壊を超えて、今日アメリカへの対抗心をむき出しにクリミア併合や中東介入に突き進むプーチン外交を支えるロシア国民の精神的な淵源なのだ。
 かくて世界は冷戦後の新秩序の機会を失っていったのである。25年の長丁場で世界を見る視点が求められるゆえんである。
京都大学名誉教授・中西輝政 なかにし てるまさ)