石原氏の「問いかけ」は 日本の防衛にとって基本問題だし、極めて重要だ!

・三条 健です。 石原氏のこの「問いかけ」は日本の防衛にとって極めて重要だ! 
・今の日米安保はいかなるときに発動されるのか?が日本の政府中枢部も回答できないという問題ということになる。
・15年前ということは1995年頃になろうが、モンデールは米国中枢部にいた人間でありアメリカの考え方を代表していると考えられる。そのモンデールが尖閣紛争が今後武力行使に発展したならば日米安保は発動するのかと質(ただ)したのに「NO」と答えたのが実体である。
日米安保は発動されないということが実体だ。 竹島について考えれば、既に現実化している。 韓国が竹島を不法占拠しているが日米安保は発動されていない。 日本政府からアメリカに対して発動要請したか否かは知らないが、現実に不法占拠されたまま何も発動していないのが現実だ!  だらしがないと言えばだらしが無い。
政権交代のこの時期、「日米安保はどういう事態のときに発動されるのか?」明確化するべきときだ!
中国の軍拡は急ピッチで進んでいる。北朝鮮は核を保有し、いつ何をするか判らない狂ったような国だ! 韓国は竹島を不法占拠中だ! 発動されないことが明白ならば、日本の防衛は日本が守らねばならない。意味の薄い日米安保ならば、自ら守らねばなるまい。 防衛のためにそれなりの費用(人材養成含む)も必要だが、誰も守ってはくれない以上、背に腹は変えられない。
安い保険がいざというとき本当に有効に利かないならば、自分で守る以外に方法は無かろう。 



〜〜〜メディア報道の一部<参考>〜〜〜

【日本よ】石原慎太郎 今こそ問うべきことを問え
2010.6.8 03:17
 沖縄県民への誠意のアリバイ作りのためにか俄(にわ)かに招集した全国知事会で、鳩山総理は折から起こった北朝鮮による韓国哨戒艦の撃沈事件を捉(とら)えて沖縄における米軍基地の必要性を説いてみせたが、その席で私は他国の安危のためよりも、アメリカが基地を占めている当の日本の防衛のために彼等が本気で動くかどうかを、折角のこの普天間騒動の際、政府の責任で改めて確かめてもらいたいと説いた。

 今さら何をと思う者も多かろうが、実は日米安保条約なるものがとんでもない虚構の上に成り立っているのかも知れぬという疑念を私は拭(ぬぐ)いきれないでいる。多くの国民は忘れたというより知りもしまいが、十五年前アメリカは当時の駐日大使モンデールを突然更迭せざるを得なかった。その訳は香港の活動家と称する実は中国の軍人が尖閣諸島は中国の領土だと主張し尖閣魚釣島に無断上陸し中国の国旗を立て駆けつけた保安庁と衝突し退去する際、隊員の一人が溺(おぼ)れて死亡し、それをかまえて中国の世論は激昂(げきこう)したものだが、それを見てアメリカの有力新聞の在日記者がモンデールに、尖閣での紛争が今後武力行使に発展したなら日米安保は発動するのかと質(ただ)したのに彼は言下にNOと答えた。

 折しも、当時沖縄では、黒人の海兵隊員による日本人の女子小学五年生の輪姦(りんかん)事件が起こって世論は激昂していた。そうした最中でのアメリカ大使の発言に私は衝撃を受けた。尖閣諸島は佐藤内閣当時、沖縄返還の折正式に返還された日本古来の領土に他ならない。かつては人も住み鰹節(かつおぶし)工場もあった。沖縄県は数多い島々から成り立っていて、返還手続きの文書に一々その名を記載する手間を省き、沖縄を巡る海のいくつかの地点を明記しそれを結ぶ線の南に入る海上の突起物は有人無人を問わず沖縄県に属するものとして返還されるとされた。実はそれについて私は、外洋でのヨットレースの報告書の中でのコースの記載についての経験から佐藤総理に建言したことがある。

 尖閣の主権についてはかねがね台湾政府が主張しだし、台湾は属国と唱えていた中国がそれならばと同じことを言い出していたが、返還の寸前に総理の密使として働いた亡き賀屋興宣氏の努力で蒋介石が沈黙し台湾漁船も撤退してことなきを得た。占領中、アメリカは尖閣の地主の古賀春子なる女性に射爆場として使っていた尖閣の使用料を払ってもいた。しかるに返還後、中国がまたしてもあれらの島の主権について云々(うんぬん)しだし、政府はことをはっきりさせるためにハーグの国際裁判所に提訴しアメリカに協力を求めたが、なぜかアメリカは返還はしたがあれらの島の主権について云々するつもりはないと断ってきた。

 中国の主張の根拠、大陸棚なるものは元々国際的に領土の区分の根拠とはされておらず、排他的経済水域なる規定が証(しめ)すようにあくまで海上の突起物を起点に構えられている。中国は尖閣周辺の海底資源に関心を持ち侵犯に近い強引な開発を行っているが、この姿勢が最近の軍事拡張と相俟(ま)ってさらにエスカレイトし、尖閣を舞台にしたホットフラッシュにあいなった時、アメリカははたして日本の国土を守るために軍事的協力に踏み切るのだろうか。

 かつてのモンデール発言の折、実は日本で私一人が本紙の『正論』欄で非を唱え、それがワシントンで問題となり野党共和党がそれに同調し発言の責任者たる大使の突然の更迭となったのだった。

 そして十五年前のかつての時よりも事態はさらに深刻になっていることは自明である。安保にことかりてアメリカのいわば囲い者として安住し在日基地の運営費用の七割を負担している日本の、将来を待たず現に過熱の度を増しつつある尖閣を巡る事態の中で、これがもし火を吹いた時、日本が自衛のための軍事的行動に出た際、はたしてアメリカが共同しての行動に出るかは極めて危うい話だ。その折の当の相手は経済、軍事に関して膨張著しい中国だから、衰退著しい今日のアメリカがモンデールの言と同じ姿勢をとるだろうことはまず百パーセントに近いことだろう。

 だから普天間問題が全国民の関心事となっている今、国家としての判断の元となるべき、抑止力を含めて日本に多大な基地を占めるアメリカの軍事力がアジア周辺の国々のためも結構だが、肝心の日本のために本当に役立つのかどうかを、健気(けなげ)にも対等な日米関係を唱える民主党ならばこの際、日本にとって大切な選択のよすがに確かめてほしいと述べたのだ。

 ならばその答え次第で我々は一体どうしたらいいのだろうか。アメリカもまた日中の狭間(はざま)で、ある意味では戦後最大のきわどい選択を迫られるのだろうが、彼等にはこの日本を中国に売り渡す道は優にあろうが、一途(いちず)に友好を信じアメリカに囲われてきた日本はその揚げ句にはぐらかされ領土を犯されるまま甘んじて、かの国の赤い国旗に描かれている黄色い星の六番目として小さな日の丸として登録されることをも拒まぬというのだろうか。

 歴史は人に限らず、国家に限らず『天は自ら助くる者をのみ助く』という絶対の公理を教えてくれてはいるが、我々は今その公理を軍備という範疇(はんちゅう)でいかに体現するべきなのか。その前に『平和』という理念ならぬいたずらなセンチメントに溺れている多くの日本人ははたしてその勇気があるのかないのか。それを自らに問うためのよすがとして、混迷している基地問題の最大の責任者として新政権は、防衛という我々の持てるすべてのものの安危に関(かか)わる問題について国民が今こそ我がこととして真剣に考えるための最低限のよすがとして、この際アメリカに問うべきことをしっかりと問うてもらいたいものだ。

 長らく続いた平和がその毒として国民の多くに蔓延(まんえん)させた物欲の成就と拝金主義を淘汰(とうた)するための、ある意味ではよき機会かもしれない。