中国政府の強硬姿勢は、過去20年以上にわたる、国防費の大増額に基づく海軍力の増強・近代化を背景にしている。尖閣近海の日本領海に対しても然りだ!

中国政府の強硬姿勢は、過去20年以上にわたる、国防費の大増額に基づく海軍力の増強・近代化を背景にしている。尖閣近海の日本領海に対しても然りだ!  日米同盟が効果を表すときが来た!
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20年ほど前、中央公論の宮崎博士のエッセー(「中国を叱(しか)る」)で、博士はこの故事と比較して、当時の中国が南シナ海で南沙、西沙両諸島の領有権を争い、ベトナムと交戦するなどしたことを厳しく批判した。
「中国は清朝末期に実力を喪失し、崇高な理想を忘却した。今は対外姿勢に唯物的な貪欲(どんよく)さが目立ち、輝かしい過去の名残もない、もっと自国の歴史を読め」と批判した。

中国政府は今年になって、南シナ海は中国にとっての「核心的利益」だと言いはじめ、領有権問題をかかえるASEAN諸国との緊張を高め、米国の警戒心にも火を付けた。「核心的利益」という言葉は中国政府がこれまで台湾、チベットにしか使ってこなかった言葉を用いた。


〜〜〜メディア報道の一部<参考>〜〜〜

【世界のかたち、日本のかたち】
      大阪大教授・坂元一哉 
   崇高な理想忘れた中国
2010.9.19 04:02
 中国清朝盛期の雍正(ようせい)帝(在位1722〜35)といえば、その精励(せいれい)恪勤(かっきん)の仕事ぶりを、東洋史の泰斗、故・宮崎市定博士が中国皇帝独裁政治の模範として紹介するところである(『雍正帝』)。45歳で偉大な父親康煕(こうき)帝の後を継いだ雍正帝は、朝4時前に起床して夜は10時、12時まで政務に没頭。清朝に下った天命を自覚し、天下万民のために働いて寧日(ねいじつ)なかったという。

 その雍正帝にある日、中国南部雲南貴州の総督から密奏が届く。国境に近い都龍(ドロン)の地には金鉱があるが、前王朝、明の時代から越南(ベトナム)に占領されているのでこれを回復したい、との進言であった。これを読んだ雍正帝は「汝(なんじ)は隣国と友好を保つ道を存ぜぬか。堂々たる天朝は、利益のために小邦とは争うことをせぬものぞ」と戒めの書簡を送る。中国は全東亜の平和維持を天から命じられた大国である、との自覚からであった。

 20年ほど前、『中央公論』に載った宮崎博士のエッセー(「中国を叱(しか)る」)の一部である。博士はこの故事と比較して、当時の中国が南シナ海で南沙、西沙両諸島の領有権を争い、ベトナムと交戦するなどしたことを厳しく批判した。中国は清朝末期に実力を喪失し、崇高な理想を忘却した。今は対外姿勢に唯物的な貪欲(どんよく)さが目立ち、輝かしい過去の名残もない、もっと自国の歴史を読め、との批判である。

 もし宮崎博士が最近の中国の対外姿勢を目にされたらどうだろうか。清朝滅亡からもうすぐ100年だが、清朝盛期の栄光は全く取り戻せていない。何のための経済発展か、と20年前以上に厳しく中国を「叱る」エッセーを書かれるのではないか。

 中国政府は今年になって、南シナ海は中国にとっての「核心的利益」だと言いはじめ、領有権問題をかかえるASEAN諸国との緊張を高め、米国の警戒心にも火を付けた。「核心的利益」という言葉は中国政府がこれまで台湾、チベットにしか使ってこなかった言葉である。

 また日本が領有する尖閣諸島に対する中国の領有権主張もあからさまになってきた。中国の主張は、1970年代、尖閣近海に石油資源埋蔵の可能性が指摘されてから明確になったものだが、かつては問題を棚上げにしようとの態度だった。

 だが今はむしろ、正面から問題にすることを辞せずとの態度である。尖閣近海の日本領海で巡視船に危険行為を行った中国漁船の船長を海上保安庁が逮捕すると、中国政府は執拗(しつよう)に抗議を繰り返し、船長の釈放を要求している。あわせて東シナ海ガス田開発に関する日中交渉を一方的に延期した。

 こうした中国政府の強硬姿勢は、過去20年以上にわたる、国防費の大増額に基づく海軍力の増強・近代化を背景にしている。宮崎博士のエッセーが書かれたころと比べれば、中国の国防費は約20倍に膨れあがっているのである。

 だとすれば、中国を「叱る」だけでは足りないかもしれない。今年の防衛白書は中国の軍事力拡大はわが国を含む「国際社会にとっての懸念事項」と明確に指摘した。今後の防衛大綱の策定も、日米同盟の「深化」も、その「懸念事項」に十分対応するものでなければならないだろう。(さかもと かずや)