・TPPとアジア諸国との自由貿易協定は二者択一ではなく、将来的に統合されることが望ましいが、強い太平洋提携関係が交渉力の基礎となる。

・現在の日本経済にとって貿易は15%程度を占めるに過ぎず、関税撤廃によって日本の輸出が多少増えてもその効果は限られる。
・農産物の関税が撤廃されても、低価格の食物の選択肢が増えるだけで、国内産品が安さだけで輸入品に圧倒されることにはなりそうにない。
・日本は地理的にも経済的にもアジアと太平洋の狭間(はざま)にあるが、海洋国家として米国やオーストラリアなどから食料、資源を輸入し、通商も海洋の安全に依拠している。
・TPPとアジア諸国との自由貿易協定は二者択一ではなく、将来的に統合されることが望ましいが、強い太平洋提携関係が交渉力の基礎となる。
・リスクは国内でも海外でも起こりうる。生産拠点を分散し、柔軟に移動することが今後求められる。
・政府部門が拡大し、医療や教育支出が増大する現在の先進国経済では生産性の向上は本質的に難しくなっており、また、インターネットに代表される情報社会化も雇用に結びついていない。
・経済の目標は人々の幸福であって、成長はその手段に過ぎない。現代社会における経済の本質を突き詰め、新しい経済観を創造することが必要だ!


〜〜〜関連情報<参考>〜〜〜
TPP超え現代経済の本質思う
京都大学教授・中西寛 2011.11.11 03:17 [正論]

 ここしばらく、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への交渉参加を巡り論争が続いてきたが、短期的にはTPPの日本経済への影響は限定的であり、支持派も反対派もメリットないしデメリットを過大に主張しているように思う。現在の日本経済にとって貿易は15%程度を占めるに過ぎず、関税撤廃によって日本の輸出が多少増えてもその効果は限られるし、農産物の関税が撤廃されても(すぐに関税が撤廃されることにはならないだろうが)、低価格の食物の選択肢が増えるだけで、国内産品が安さだけで輸入品に圧倒されることにはなりそうにない。
≪太平洋関係強化目指し交渉を≫:
 それでも基本的には、私はTPP参加を支持する。日本にとって太平洋諸国との関係強化が戦略的重要性を持つことと、多国間の規制の調和が長期的に日本にビジネス・チャンスをもたらすことを期待するからである。
 日本は地理的にも経済的にもアジアと太平洋の狭間(はざま)にあるが、海洋国家として米国やオーストラリアなどから食料、資源を輸入し、通商も海洋の安全に依拠している。従って、太平洋諸国との関係を強化することは資源や食料の安定確保につながるし、中国、インドなどのアジア諸国との将来の経済交渉の下地になる。TPPとアジア諸国との自由貿易協定は二者択一ではなく、将来的に統合されることが望ましいが、強い太平洋関係が交渉力の基礎となる。
 また、多国間で規制が調和され、締約国間で自由に移動できることは投資戦略にとっては重要である。日本の大震災やタイの洪水が示すように、リスクは国内でも海外でも起こりうる。生産拠点を分散し、柔軟に移動することが今後求められる。これは製造業に限った話ではなく、農林水産業が海外投資に乗り出すことや、自治体間で医療、介護の協定を結ぶことを考えれば、地方経済の活性化につながる可能性を持つだろう。
≪世界経済、大恐慌時に似る?≫:
 とはいえ、当面、世界経済の下押し圧力は強く、TPPを含めた自由貿易化の方向には逆風が吹く可能性も考えておかねばならない。欧州を震源地として世界経済は、1930年代の大恐慌の状況にますます似通ってきている。
 あの時も世界は保護貿易に走った。それは長期的には愚かな選択だったが、世界経済が異常な時には国際協調よりも国内保護を優先せざるを得なかったことも確かである。世界恐慌の開始期に教科書的に世界経済への復帰を目指して金本位制に復帰した、井上準之助の政策は不況を深刻化させ、むしろ国内に自由貿易反対の反動をもたらした。日本の参加いかんにかかわらず、TPPを米議会が認めない可能性もある。
 むしろ、我々(われわれ)は、現在の世界経済の本質を分析し、危機からの脱却の道を探らねばならない。この点で必要なのは、既存の発想を超えた現代社会に関する突き詰めた思考ではないだろうか。1930年代にあって有効需要の理論を提示したケインズは、もともと哲学者を目指し、確率論についての考察の延長線上で貨幣について考察し、当時の常識だった金本位制を批判して有効需要論へとつなげた。現在の世界はケインズの時代とはもちろん違うが、従来の常識を問い直すことなしには、今回の世界経済の危機からは脱却できないのではあるまいか。
≪求む、新しい経済観の創造≫:
 この点で、示唆的だったのはタイラー・コーエン著『大停滞』である。同書は、政府部門が拡大し、医療や教育支出が増大する現在の先進国経済では生産性の向上は本質的に難しくなっており、また、インターネットに代表される情報社会化も雇用に結びついていないと指摘する。解説を書いている若田部昌澄・早稲田大学教授は必ずしもコーエン説に賛成せず、反論を述べているが、その着眼の面白さは認めている。ケインズ貨幣論ほど十分に掘り下げられていないものの、コーエンの指摘は重要であろう。
 ケインズ以降の経済学は経済成長を当たり前の前提とするようになった。しかし20世紀の半ばまでの文明史の数千年間、人類は経済成長という概念なしに生きてきた。経済成長が簡単に実現できたのは20世紀後半の特殊な条件、製造機械の発達によって製造品の大量生産が可能になり、同時に中産階級が増大したことによったのかもしれないのである。
 高齢化に伴う政府部門の拡大や増大する医療、教育需要が、生産性の向上といった概念に容易になじむとは思えない。もちろん、効率を上げることは不可能ではないが、それが常に望ましいわけでもない。たとえば、効率的な徴税のためには、政府が国民の所得や取引を漏れなく把握することが望ましいだろうが、それは自由を損なうことになり、本当に国民の望むところか疑わしい。
 経済の目標は人々の幸福であって、成長はその手段に過ぎない。現代社会における経済の本質を突き詰め、新しい経済観を創造することが必要ではないか。(なかにし ひろし)