歯止めをかける長期戦略がないとすれば中国は文字通りの「危険水域」にまで達している。

・明治以来の日本が目を向けてきたのは明らかに、「南」ではなく「北」だった。日露戦争でロシアから満鉄(南満州鉄道)などの権益を得た後、これを守るべく満州事変を起こし、満州国を建国したことがその表れだった。
・昭和15(1940)年、資源求め「奇妙なほどに『南進』の大合唱」が起きたのだ。
・米国は8月に日本への石油禁輸を実施し、さらに中国や仏印からの撤退などを求める「ハル・ノート」を突きつけた。日本は追い詰められるように「真珠湾」に突入した!
・今、中国がとっている「南進」政策はどうだろう。このところ東シナ海南シナ海ばかりでなく、南太平洋の島嶼(とうしょ)国へも融資を通じ進出をはかっている。
・中国に対戦国、日本の「南進」の歴史から学んだ教訓はあるのか。歯止めをかける長期戦略があるのか。歯止めをかける長期戦略がないとすれば中国は文字通りの「危険水域」にまで達している。




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あの「南進」とこの「南進」
論説委員・皿木喜久 2011.12.10 03:37
◆資源求め東南アジアへ
 日本が米国と戦うことになった分岐点として挙げられるのは、日独伊三国同盟の締結と日本の「南進」方針の決定である。ともに昭和15(1940)年のできごとだが、ここでは「南進」を中心に考えたい。
 この年の7月22日発足した第2次近衛文麿内閣は5日後の27日、大本営政府連絡会議で「世界情勢の推移に伴ふ時局処理要項」を決めた。その後の世界で生きていく日本の指針である。「速やかに支那事変の解決を促進すると共に好機を捕捉し対南方問題を解決す」としたうえで「必要なる資源の獲得に努む。状況により武力を行使することあり」とした。「南方」とは東南アジアを指していた。
 日本を「北進」から「南進」に大きく転換させる契機となったとされる決定である。
 明治以来の日本が目を向けてきたのは明らかに、「南」ではなく「北」だった。日露戦争でロシアから満鉄(南満州鉄道)などの権益を得た後、これを守るべく満州事変を起こし、満州国を建国したことがその表れだった。
 ひとつは日露戦争勝利後も感じていたロシア(ソ連)の脅威への備えである。  日本国内に乏しい資源を求め、国内の労働問題などを一気に解決する目的もあった。
 それがなぜ、百八十度も転換して「南」へ向かうことになったのだろうか。
 さまざまな理由が指摘されている。満州では、当時最大の資源となってきていた石油がほとんど出なかったこともある。だがそれより重要なことは当時の国際情勢の変化である。

◆読み誤った米国の反発:
 この昭和15年の5月、それまで膠着(こうちゃく)状態にあった欧州での第二次大戦で、ドイツ軍がいわゆる「マジノ線」を突破してフランスに侵攻、ロンドンを空爆するなど連合国側に大攻勢をかけていた。
 このためアジアに多くの植民地を持つ英、仏、オランダなど連合国がそちらに目を向ける余裕がない。 米国も欧州の連合国支援で手いっぱいだろう。しかも日独伊にソ連を加え四国同盟を結べば、誰にも文句は言われない。
 そんな勝手な「思い込み」が重なっての「南進」転換だったといえる。「南進」すれば石油は手に入る。  さらにインドシナ半島を通じて米国が中国・蒋介石軍を支援するいわゆる「援蒋ルート」を断ち、支那事変(日中戦争)にケリをつけることもできるとの計算である。   産経新聞社『運命の十年』の中での歴史家、半藤一利氏の言葉を借りれば「奇妙なほどに『南進』の大合唱」が起きたのだ。
 だが米国は日本が考えるほど甘くはない。この年の9月、日本軍が北部仏印、つまり仏領インドシナ北部(現在のベトナム北部)に進駐、さらに翌16年7月に仏と協定して南部仏印にまで「南進」すると、米国は8月に日本への石油禁輸を実施する。
 さらに中国や仏印からの撤退などを求める「ハル・ノート」を突きつけられ、追い詰められるように「真珠湾」に突入したのだ。

 中西輝政京大教授は『あの戦争になぜ負けたのか』(文春新書)の中で、英国が1910年ごろに米国の興隆を見て「対米戦争絶対不可」を国策としたと指摘する。  そして日本も日英同盟を維持するためには、同じ国策の決断を求められていた、と述べている。むろん親米か反米かといった感情の問題ではない。  自国の繁栄を守るための長期戦略である。

◆類似する中国の「進出」
 「北進」も「南進」も、資源に恵まれない日本の「自存自衛」のための決断だったことは間違いない。だが一方でそうした長期戦略に欠けていたこともまた事実だと言うしかない。
 では今、中国がとっている「南進」政策はどうだろう。このところ東シナ海南シナ海ばかりでなく、南太平洋の島嶼(とうしょ)国へも融資を通じ進出をはかっている。
 軍事力を背景に関係国とのトラブルを起こし、反発を買いながらも、海洋開発による資源確保をはかっている点など、日本の戦前の「南進」を思わせることは多い。  この地域に圧倒的影響力を持つ米国が中東や北東アジアに力を削(そ)がれている間隙(かんげき)を狙っているように見える点でも共通している。
 案の定、米国は反撃の構えをみせている。先月には米豪首脳会談でオーストラリア北部に海兵隊を駐留させることで合意した。東アジアサミットでも、オバマ大統領は南シナ海問題で積極的に「口出し」をした。インドも巻き込んで対中包囲網を狭めている。

 中国に対戦国、日本の「南進」の歴史から学んだ教訓はあるのか。歯止めをかける長期戦略があるのか。ないとすればこの国は文字通りの「危険水域」にまで達している。(さらき よしひさ)