・プーチン政権は、中国の台頭、とりわけ中国人によるロシア極東地域への侵蝕(しんしょく)に脅えるようになった。

尖閣諸島沖縄県石垣市)に対する領有権を唱えて中国国民の愛国主義に訴えれば、共産党体制の維持に役立つから、北京は当面の主要敵を東京と見なした。
プーチン政権は、中国の台頭、とりわけ中国人によるロシア極東地域への侵蝕(しんしょく)に脅えるようになった。  そうした中国に対抗するには、今後、日本カードを利用することが賢明なのではないかとプーチンは考えている?
・習主席の今回の初訪露でも、プーチン大統領はおそらくロシアは尖閣問題で日中いずれの立場にも立たないパトルシェフ書記と同様の態度を示したに違いない。



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初訪問は中露の「同床異夢」胸に
北海道大学名誉教授・木村汎   2013.4.23 03:10 [正論]
 アジアにおける日米、中国、ロシアの4カ国関係は生き物のように動いている。 もとより、大筋では変わらない部分が大きい。 だからといって、微妙に刻々変化している側面を見逃すと、日本外交が重大な誤りを犯す危険も否定できない。 3月に行われた中国の習近平国家主席の訪露などを例に、4月末に予定される安倍晋三首相の訪露の参考に供しよう。
 ≪「共同戦線」に入ったひび≫
 2010年9月にロシアのメドベージェフ大統領が北京を訪れたとき、中国の胡錦濤国家主席(いずれも当時)とともに署名した中露共同声明は、「第二次大戦中の日本軍国主義の試みに両国は断固反対する」と宣言した。
 同時に調印したもう一つの共同声明は、「国家の主権、統一、領土保全の問題という核心的利益に関して両国は相互に支持し合う」と記した。
 中国が「核心的利益」という場合、それは「死活的に重要であるために他国とは妥協や譲歩の余地が一切ない利益」という意味である。
 具体的にいえば、北京は長らく、台湾、チベット新疆ウイグル自治区などを「核心的利益」と位置付けてきた。
 ロシアも、チェチェン共和国や北カフカス地域にロシア連邦からの分離独立を目指す顕在的、潜在的な火種を抱えている。   実際、クレムリンチェチェン問題を「死活的重要性を持つ利益」と見なして、武力に訴えても死守しようとし、そうした行為を民族自決権侵犯と咎(とが)める欧米の批判に内政干渉だと反論してきた。
 内政上の弱点への外部の容喙(ようかい)を排するため共同戦線を組む。
 これこそ、中露が従来、「戦略的パートナーシップ」関係を構築し維持することに大きな意義を見いだしてきた点に他ならない。
 だが、その後、中露間に微妙な差異が生まれてきた。
 思い切って単純化すると、北京は当面の主要敵を東京と見なすようになった。  尖閣諸島沖縄県石垣市)に対する領有権を唱えて中国国民の愛国主義に訴えれば、共産党体制の維持に役立つからである。
 のみならず、南シナ海における中国の領土領海権益すら「核心的利益」に含まれる、と主張し始めた。
 ≪共同声明の訳語が語る変化≫
 他方、プーチン政権にとっての主要敵はやはり米国だ。
 メドベージェフ氏に取って代わってプーチン氏が大統領に返り咲いたのを機に、国内では反プーチン派が勢いづいた。
 反対派諸勢力を押さえ込み、ロシア国民一般に広がりつつある「プーチン疲れ」を癒やすためには、反米ナショナリズムを煽(あお)る以上の手立てはない。 そうプーチン大統領は考える。
 2期目のオバマ米政権も、かつてメドベージェフ大統領の誕生を機に開始した対露「リセット」外交路線の継続を躊躇(ちゅうちょ)するようになり米露関係は冷却した。
 同時に、プーチン政権は、中国の台頭、とりわけ中国人によるロシア極東地域への侵蝕(しんしょく)に脅えるようになった。そうした中国に対抗するには、今後、日本カードを利用することが賢明なのではないか。少なくとも経済分野やロシア極東では、そうである−。
 プーチン政権のそのような考えが透けてみえるのが、3月に訪露した習主席がプーチン大統領と署名した共同声明である。
 中で目立つのが、中国語の「核心的利益」が2通りのロシア語に微妙に訳し分けられているところだ。
 「コレンヌイ(根本的な)」利益と、「クリュチュボイ(鍵となる)」利益で、東京新聞のモスクワ特派員がドミトリー・トレーニンカーネギー・モスクワセンター長)に問い合わせたところ、前者の方が後者に比べ重要度が高いロシア語であるという。
 10年の共同声明では「コレンヌイ」のみだったのに対して、今回の共同声明では「コレンヌイ」と「クリュチュボイ」が1回ずつ使われ、同じ中国語「核心的利益」に、わざわざ2つの異なったロシア語訳が当てられている。これは何を意味しているのか。
 この使い分けから読み取れるのは、以下のようなロシア側の意図であろう。 つまり、プーチン政権は習政権の主張に表向き同調する素振りを見せつつも、それをやんわりいなし、必ずしも中国と同一歩調を取るわけではないという対外的シグナルを送っているのだ。
 ≪尖閣での中国との連携は損≫
 実際、12年10月に訪日したプーチン大統領の腹心の1人で、安全保障会議書記のニコライ・パトルシェフ氏は「ロシアは尖閣問題で日中いずれの立場にも立たない」と述べている。
 習主席の今回の初訪露でも、プーチン大統領はおそらくパトルシェフ書記と同様の態度を示したに違いない。
 そうすることなく、尖閣問題をめぐって、中国側と対日連携するような姿勢に出れば、どうだろう。  ロシア側は、今月末に訪露する予定の安倍首相から獲得しようと欲するものを、みすみす減少させてしまうだろう。
 安倍首相がこのような中露の同床異夢の背景、内容、その程度を胸にたたんで、対露交渉に臨むことは必要不可欠である。(きむら ひろし)