・環境整備としての経済その他の分野での協力を、あくまで先決の事項と見なし、領土問題の解決を後へ後へと引き延ばす作戦をまったく変更していない。

・領土交渉は、武器を用いずに主権の帰属を決する戦争に他ならない。
・「リンゴは熟したらひとりでに落ちる」
・下手をすると、日本側は、鼻先にニンジンをぶら下げられて走らされる馬よろしく、ロシア側に対して、経済その他の協力を未来永劫(えいごう)に強いられる恐れもある。
・中国やノルウェーとの係争地問題を解決した「50対50」方式が、あたかも日露間の北方領土問題にも適用可能であるかのような素振りをしてみせたのである。
プーチン大統領は過去にそのような事例があったと示唆したに過ぎず、同様の方式を日露間の領土紛争に適用すると提案したのではない。
プーチン政権は、そのような作戦に日本側を引きずりこむための疑似餌もしくは囮(おとり)として、「面積折半」の可能性をちらつかせたに過ぎない。
・環境整備としての経済その他の分野での協力を、あくまで先決の事項と見なし、領土問題の解決を後へ後へと引き延ばす作戦をまったく変更していない。



〜〜〜関連情報<参考>〜〜〜
「面積2等分」は疑似餌だ、ご用心
北海道大学名誉教授・木村汎 2013.5.10 03:11 [正論]
 安倍晋三首相は今回のロシア訪問で、北方領土交渉を再び開始させることにプーチン大統領と合意した。 わが国が北方四島返還に成功する可能性はあるのか。 最近の日本の政治家たちの言動を見聞きするにつけ、必ずしも楽観できない。 功を焦るあまり、クレムリンの巧みな対日戦略に乗せられる危険を孕(はら)んでいるからだ。
≪熟して落ちるリンゴ待つ露≫
 交渉においては、何よりも時機を見極めることが肝要だ。 専門家たちは、機が熟したときにこそ決断すべきだと、口を酸っぱくして説く。  だが「チャンスは前髪で掴(つか)め」「鉄は熱いうちに打て」などの古い諺も、裏返せば、機会が到来していないのに軽々に動くべからずとの教えである。
 領土交渉は、武器を用いずに主権の帰属を決する戦争に他ならない。
 戦争で勝利を収める要諦は、潮合の判断にある。  己にとって引き潮の時は耐えに耐えて、いったん上げ潮に恵まれるや、一気呵成(かせい)に攻め立てるのである。
 ロシア軍総司令官のクトゥーゾフ将軍は、ナポレオン率いるフランス軍の攻勢に遭い、退却に次ぐ退却を余儀なくされ、モスクワも占領されてしまった。 だが、将軍はロシア人特有の粘りを発揮し、反撃の時を待った。 そして、機が熟したと見るや、一挙に攻勢に出てナポレオンを潰走させ、結局、勝利を手に入れた。 「リンゴは熟したらひとりでに落ちる」が、将軍の口癖だったという。
 わが国の交渉当事者には、時機の重要性に無頓着であるばかりか自ら率先して交渉期限を切ろうとする者がいる。  北方領土が戦後68年もの長きにわたり他国に占拠されている事実に鑑み、決着を急ごうとする気持ちは痛いほど分かるが、交渉のイロハを知らない素人だと評さざるをえない。
≪焦らされて独り相撲の日本≫
 例えば、鳩山由紀夫氏は口癖の如く繰り返していた。「私が総理である1年半くらいの間に北方領土を解決してみせる」。
 森喜朗元首相もモスクワへ特使として旅した後、提案した。
 「今年末といった風に一定の期限を切って平和条約交渉を行ったらどうか」。  元外務省高官も、「プーチン氏が大統領である時期を逃せば、もはや日本側にチャンスはめぐってこないだろう」と急き立てる。
 これらの発言は、期限を自ら設定することのマイナス面を看過している。
 日本側がそんな気配を見せれば、ロシア側は必ずや次のように解釈するであろう。 こちらから動く必要は一切ない、日本に対し焦(じ)らし戦術を続けさえすればよいと。 結果的に、日本側だけが期限の罠(わな)に嵌(は)まり、「独り相撲」を取らされる羽目になる。
 今回、安倍首相の訪露でプーチン大統領が口にしたとされる「面積2等分論」も、まさにロシア側が得手とする引き延ばし作戦の最たる例だといっていい。
 安倍首相は、領土問題を、日露関係全体のパッケージで解決しようとしている。 その場合、日本側がロシア側に対し、経済協力を主とする環境整備を一体いつまで続けたら、「熟し柿」(北方領土)は日本側に落ちてくるのか。
 このことを、絶えず厳しく吟味する態度を怠ってはならない。
 領土交渉を真剣に行うに足る環境が整備されたか否か、の判断はひとえにロシア側に委ねられているからだ。
 下手をすると、日本側は、鼻先にニンジンをぶら下げられて走らされる馬よろしく、ロシア側に対して、経済その他の協力を未来永劫(えいごう)に強いられる恐れもなしとはしないのである。
 ≪「50対50」方式の前提とは≫
 安倍首相をはじめ日本側に根強い、そうした警戒心を解くための一手段として、プーチン大統領は「面積2等分」の匂いを嗅がせることを思いついたのではないか。  中国やノルウェーとの係争地問題を解決した「50対50」方式が、あたかも日露間の北方領土問題にも適用可能であるかのような素振りをしてみせたのである。
 だが、これこそは、クレムリンが得意中の得意とする「ポカースカ(見せかけ)」戦術以外の何物でもない。  第一に、プーチン大統領は過去にそのような事例があったと示唆したに過ぎず、同様の方式を日露間の領土紛争に適用すると提案したのではない。
 第二に、それよりも重要なことがある。
 中露両国が「50対50」方式で領土問題を解決した当時、ロシアのラブロフ外相が付した前提条件の存在である。  つまり、ロシアと中国は両国関係を総合的に改善する努力を行った後に初めて、面積折半方式に訴えることが可能になった。  この点を、ラブロフ外相は強調したのである。
 ラブロフ外相が付けた前提条件を、北方領土問題に当てはめてみればいい。 環境整備としての経済その他の分野での協力を、あくまで先決の事項と見なし、領土問題の解決を後へ後へと引き延ばす作戦をまったく変更していない、プーチン政権の姿が見えてくる。
 同政権は、そのような作戦に日本側を引きずりこむための疑似餌もしくは囮(おとり)として、「面積折半」の可能性をちらつかせたに過ぎない。(きむら ひろし)