・「飢え死にするより、公害で息が詰まって死んだほうがマシ」というのが中国地方政府の本音である。

・中国で大騒ぎとなったPM2.5問題。北京だけではない。この1月だけで中国の30都市で合計4回のスモッグが発生し、深刻な大気汚染となった。 
・中国500都市でWHOの基準を下回る都市は1%に満たない。 NASAアメリカ航空宇宙局)の観測では地球上のPM2.5による汚染は、中国の華北・華東地区が最もひどい状況である。
・上海の中心部から地下鉄で1時間も郊外に行けば、汚染の元凶地帯が広がっている。 大規模な製鉄所もあれば、火力発電所やセメント工場もある。無数の煙突が吐き出す煙には、二酸化炭素や二酸化硫黄、窒素酸化物、そしてこのPM2.5が含まれている。
・呼吸器疾患の症状を訴える住民も多い。
・中国ではあちこちで“癌の村”が出現している。極めて高い癌の発症率を招く背景には、すでに先進国が使用を禁じている有毒化学品をいまだ大量生産し、また大量にその消費を続ける産業の存在も無視できない。
・遅まきながら、中国の公益団体は独自に「癌の村マップ」を公開した。これを見る限り、中国沿海部と中部に集中、沿海部は特に上海、江蘇、浙江を含む長江デルタ地帯で発症率が高まっている。 
・「飢え死にするより、公害で息が詰まって死んだほうがマシ」というのが中国地方政府の本音である。


〜〜〜関連情報<参考>〜〜〜
China Report 中国は今
【第120回】 2013年3月1日   姫田小夏 [ジャーナリスト]
激増するPM2.5、「癌の村」続々発覚……
改善への道筋が見えない中国の環境汚染 :
 中国で大騒ぎとなったPM2.5問題。今年1月12日、北京ではPM2.5の数値が、24時間平均で1立方メートルあたり456マイクログラムにまで跳ね上がった。国が指定する基準値は35マイクログラム、その13倍である。北京だけではない。この1月だけで中国の30都市で合計4回のスモッグが発生し、深刻な大気汚染が問題となった。 
 車両増による排気ガス、厳冬による家庭用ボイラー使用の増加、その際の石炭消費の増加、工場からの汚染物質の排出、そして当時の気象条件など、それらがこのスモッグ発生に結びついたと言われるが、なぜ1月に集中して起きたのか、その原因はいまだ明らかになっていない。 
観測データ公開すら緒に就いたばかり:
 そもそも中国では、2011年から公害問題への関心が高まり、PM2.5に関心が持たれるようになっていた。 翌年、政府は北京や天津、また長江デルタ地帯や珠江デルタ地帯を中心に粒子状物質の観測を強化し始めたが、肝心なデータが公表されず、国民をさらなる不安に陥れていた。 
 今でこそ、上海、南京はデータ公開に踏み切ったが、上海、南京の過去3年(08〜11年)の平均値はそれぞれ1立方メートルあたり63マイクログラム、53マイクログラムと、WHO(世界保健機構)の年平均基準(10マイクログラム)をはるかに超えている。 
 中国500都市でWHOの基準を下回る都市は1%に満たないとも言われ、NASAアメリカ航空宇宙局)の観測では地球上のPM2.5による汚染は、中国の華北・華東地区が最もひどい状況であることを告げている(参考: NASA)。
 筆者は、浙江省杭州市郊外、湖南省長沙市内モンゴル自治区オルドス市に住む友人に、それぞれ電話をかけて聞いてみた。「そこから太陽が見える?」との問いに、苦笑まじりの「没有(見えないよ)」という回答だ。3都市とも、現地の空気は「いつも灰色に濁っている」という。 
 隣国中国の大気汚染は相当ひどい状態にある。問題は今後、この大気汚染が改善するかどうか、だ。 
上海もWHO基準の約3倍 すぐ郊外には汚染の元凶地帯:
 もちろん、ここ上海も大気汚染と無縁ではない。他の都市と同様上海でも、1月30日は早朝からかなりひどい大気汚染が18時間も続いた。夜になり数値は下がったものの、それでも73マイクログラムもあったと報じられた。 
 上海はAPECや万博の開催地でもあり、国際都市としての再開発に資金と時間を費やしてきた。 上海万博で掲げたスローガンも「低炭素社会の実現」であり、ここ数年は青空も顔を見せるようになっていたが、データは「取り組みの効果ナシ」という厳しい現実を突きつけた。 
 それもそのはず、上海の中心部から地下鉄で1時間も郊外に行けば、汚染の元凶地帯が広がっているのだ。大規模な製鉄所もあれば、火力発電所やセメント工場もある。無数の煙突が吐き出す煙には、二酸化炭素や二酸化硫黄、窒素酸化物、そしてこのPM2.5が含まれている。 
 郊外に点在する“煤煙の街”には、当然のことながら住宅もあり、人も住んでいる。だが、街中では出退勤時間以外は人の往来がほとんどない。住宅地に並ぶ旧式のアパートは常に窓が閉められたまま、洗濯物すら見ることはない。 呼吸器疾患の症状を訴える住民も多い。まさに“発展の光と影”を象徴するかのような光景だ。 
 中国環境部は昨今、相次いで新たな政策を公布している。「六大汚染産業」への取り締まり強化もそのひとつで、今年3月から19の省(区、市を含む)を重点的に「大気汚染防止地区」に指定し、ここに立地する火力発電所、鉄鋼業、石油化学工業、セメント業、金属加工業、化学工業に対し制限値を設けるなどの取り組み姿勢を示している。 
政策に効果の実感なし 連日の汚染報道にうんざり:
 中国政府お得意の矢継ぎ早の政策とはいえ、住民の反応は鈍い。なぜなら、過去三十数年の歴史のなかで、公共政策が自分たちの生活を向上させたという実感がないためだ。 ゴミのポイ捨てはなくなったのか、禁煙場所での禁煙は守られているか、路上からペットの糞尿はなくなったか――。残念ながら現実はどれも「NO」だ。政策を打ちながらも守らせることができず、結果、社会は何も変わらないという現実に、住民は辟易しているのだ。 
 それどころか、連日の「汚染報道」に失望感は募るばかりだ。 
 2月22日、上海市松江区のメーカーが汚水垂れ流しで摘発されたと報じられた。 切削時に出た廃液を、雨水管を通して川に流していたという。こうした悪事をはたらくのは、吹けば飛ぶような零細工場かと思いきや、アップル社の協力工場としてiPadに使う部品を製造するれっきとした大規模工場だった。垂れ流しをしたとされる第3工場だけでも、数万人の従業員を抱えているという 
 しかも、松江区は上海市でも模範的開発区として知られる。ハイテク企業しか生き残れない、生存条件の厳しいエリアでもある。そんな開発区に立地する企業が違法な垂れ流しをしていたならば、他は推して知るべし、だ。恐らくどの工場でも、汚水の垂れ流しを日常茶飯的に繰り返しているといっても過言ではないだろう。 
 案の定、中国ではあちこちで“癌の村”が出現している。極めて高い癌の発症率を招く背景には、すでに先進国が使用を禁じている有毒化学品をいまだ大量生産し、また大量にその消費を続ける産業の存在も無視できない。 
 2月末、中国当局は“癌の村”の存在を公式に認めた。公式資料には具体的な地名は記されていないが、中国メディアは200ヵ所に及ぶと指摘。また中国の公益団体は独自に「癌の村マップ」を公開した。これを見る限り、中国沿海部と中部に集中、沿海部は特に上海、江蘇、浙江を含む長江デルタ地帯で発症率が高まっていることがわかる。 
環境局へ怒りを向けても虚しく 地球に優しい企業は苦境に:
 「環境局は何をやってるのか!」――そんな叫びが全国で上がっている。住民の怒りの矛先は、汚染を取り締まることができない役人に向かう。
 「環境局長を招待し、この河で泳いでもらおうじゃないか」、そんな呼びかけをツイッターで発信する者が現れた。
 浙江省瑞安市ではゴム靴メーカーの廃水垂れ流しと、それに起因する癌患者の急増がかねて問題になっていたが、まったく解決しない現状に住民が業を煮やす。
 「この川で20分泳ぐことができたら、20万元出そう」といった書き込みも現れた。 浙江省蒼南県も汚水問題、悪臭問題を抱えている。ここでも「川で30分泳いだら30万元」と、環境局長に懸賞金が掛けられる事態となった。 
 しかし、考えてみれば、環境局は地方政府の一部門にすぎず、地方政府が経済発展をすべてにおいて優先する限り、彼らには出る幕がない。さらに遅れた地方都市であればなおさらだ。
 「飢え死にするより、公害で息が詰まって死んだほうがマシ」というのが地方政府の本音なのである。 
 他方、「環境にやさしい企業」は中国に存在するのか、という疑問もある。 確かに存在はするのだが、成功しているとは言い難い。上海浦東鋼鉄有限公司はその好例だ。 
 もともと、同社は上海市浦東新区で中板や厚板を生産する、生産量では国内一の鉄鋼メーカーだったが、工場の敷地が上海万博の開催地として開発計画にかかり、2000年代中盤に浦東新区から宝山区へ強制移転となった。移転先ではオーストラリアで開発されたCOREXといわれる新しい製鉄法を導入し、資源やエネルギーを節約するクリーンな鉄鋼所を実現させた。 
 ところが筆者が目にしたのは、人気のない工場だった。付近の住民は「100億元を超える損失を出して、工場を閉めた」と話すが、詳細は不明だ。中国でも屈指の、環境にやさしい鉄鋼所はコスト負担に耐えられなかったのだろうか。 
 真面目に取り組めば利益を圧迫する環境対策には、中国の経営者の誰もが消極的だ。ましてやこの不景気な時期、工場の生産を維持するだけで精一杯という企業が多いなか、「環境対策」など後回しにされてしまう。 
 最近、中国のテレビ番組はしきりに「環境問題、責任の一端は個人にある」と叫ぶようになった。環境局の役人を吊し上げる前に、自分の出した生活ゴミを見直せ、というメッセージである。 
 この国は発生するありとあらゆる問題に、矢継ぎ早の政策で封じ込めるのが得意だ。
 だが、それは根本的解決には至らないことの方が多い。どんなに罰金を科しても、どれだけ工場を閉鎖に追い込んでも、違反工場はなくならない。個人の意識改革が伴わなければ元の木阿弥だ。 
 政策の効果を薄めているのは他ならぬ国民自身、環境問題の解決のカギは、個人の意識改革とそれを導く教育にある。
 中国の「場当たり的な政策」に頼っていては、改善への道筋は遠のくばかりだ!