・ロシア外交お得意のダブルスタンダード(二重基準)に対する人々の不信感は根深い。

・アサド政権の残虐な化学兵器使用に対する米仏などの懲罰攻撃の是非から、政権による化学兵器廃棄の問題へ、人々の関心は見事にすり替えられた。
オバマ大統領は自ら決断を下すことを逡巡(しゅんじゅん)し、まず米議会の意向を打診する優柔不断ぶりを露呈した。
・米露の枠組み合意が、同床異夢の玉虫色のものである。ロシアやシリアは、米国の武力行使を避けるためのやむを得ない方便として化学兵器廃止に同意した。
・シリアの反政府勢力諸派は、8月21日に政府側がサリン・ガスを使用したと主張し、1000人を超すシリア人の殺戮を不問に付しての化学兵器廃棄合意に疑問を抱く。
・ロシア外交お得意のダブルスタンダード二重基準)に対する人々の不信感は根深い。




〜〜〜関連情報<参考>〜〜〜
シリア合意はプーチン流手品か
北海道大学名誉教授・木村汎 2013.9.26 03:23
 ロシアのプーチン大統領が外交上の「大きな当たり」をかっ飛ばした。 国際社会の頭痛の種、シリア内政問題に1つの妥協案を提示し、関係各国をとりあえずホッとさせたからである。 シリアが保有する化学兵器を国際的な管理下に置き、来年半ばまでに完全廃棄する−。
 この枠組みにシリアを含む欧米諸国は賛同した。
≪国際社会の関心巧みにそらす≫
 右のような外交イニシアティブをとることによって、プーチン氏は2つの成果を収めた。
 1つは、シリアへの米軍事介入を少なくとも当分回避したこと。これは何よりもロシア自身のためであった。近年、「カラー革命」や「アラブの春」にみられる民衆蜂起は、外部諸国から直接、間接の支援も得て体制転換や政権崩壊を導いた。  同様のことがひょっとしてロシアで起こりはしないか。これこそは、ベルリンの壁崩壊、それに続く東欧共産圏の民主化ドミノ、ソ連邦解体を経験したプーチン氏のトラウマなのである。
 この利己的な動機が、米国によるシリア干渉への最大の反対事由だった。  そのことが国際社会に知れ渡り、自らの立場は苦しくなりかけていた。  まさにそんな時に、プーチン氏は、シリアのアサド政権に化学兵器を放棄させる代わりに米国の武力行使を思いとどまらせるという、各国が飛びつくような提案を思いついた。
 巧妙な手品と評するほかない。人々の関心は見事にすり替えられたからである。 アサド政権の残虐な化学兵器使用に対する米仏などの懲罰攻撃の是非から、政権による化学兵器廃棄の問題へ、と。
 ロシアは国際舞台での重要なプレーヤーであるとのイメージ回復に成功したこと。 それが第2の成果だ。本欄で私が繰り返し指摘しているように、ロシアは衰退への道を緩やかに、だが確実に辿(たど)っている国である。その国から久々に存在感を誇示する強力打球が飛んできたのだから、人々は驚いた。
 プーチン氏支持の青年組織「ナーシ(われら)」に至っては、氏こそが今年度のノーベル平和賞の最適候補者だとはしゃいだ。
 米誌タイムの9月16日号も、プーチン大統領をカバー・ストーリーに取り上げた。  大統領にとっては、最盛期だった2007年12月に次ぐ2度目の快挙である。
≪ロシア得意の二重基準に不信≫
 プーチン氏が、「起死回生の一打」を放ち得た理由は、何か。欧米諸国の消極姿勢、それを利用しての巧みなプーチン攻勢。そこらあたりがその解だろう。
 米国民は、ブッシュ前政権がイラク戦争の最大の根拠とした大量破壊兵器が見つからなかったことの後遺症を引きずる。
 英仏なども同様の厭戦(えんせん)気分に陥り、対シリア武力介入には及び腰である。
 そうした状況や雰囲気に影響されたのであろう、オバマ大統領は自ら決断を下すことを逡巡(しゅんじゅん)し、まず米議会の意向を打診する優柔不断ぶりを露呈した。
 ケリー国務長官もラブロフ露外相との会談で、化学兵器の廃棄こそがシリア問題の中心課題であるかのように語り、枠組みに合意した。
 「クマ」は冬眠中のように見せかけつつも、穴ぐら近くを通りかかった弱小の獲物には一気に襲いかかる。 米国の弱気を感じとったプーチン氏は、電光石火の勢いで将棋盤をひっくり返し、ロシア有利に局面を転換したのだ。
 名人芸ともいえるプーチン氏の早業も、しかしながら、結局はロシアの最終的な勝利へと結実しないことは十分にあり得る。
 第1に、ロシア外交お得意のダブルスタンダード二重基準)に対する人々の不信感が根深いからだ。プーチン氏は米紙ニューヨーク・タイムズへの寄稿で、「米国による外国の内政への軍事介入」の可能性に非難・警告を浴びせたが、ロシアは、自身が08年夏にグルジア本土やその自治共和国アブハジアに軍事侵攻したことを棚上げする身勝手さを示している。
≪大飛球ファウルに終わるかも≫
 第2は、今度の米露の枠組み合意が、同床異夢の玉虫色のものであること。ロシアやシリアは、米国の武力行使を避けるためのやむを得ない方便として化学兵器廃止に同意した。
 ところが、米国は、廃棄合意が遵守(じゅんしゅ)されない場合当然軍事介入はあり得ると主張する。
 両者間のこのような基本的な対立は解消されていず、表面化することが十分予想される。
 第3は、シリアの反政府勢力諸派の今後の動きが予測不可能であること。 彼らは、8月21日に政府側がサリン・ガスを使用したと主張し、1000人を超すシリア人の殺戮(さつりく)を不問に付しての化学兵器廃棄合意に疑問を抱く。
 中でも、反政府勢力の構成員である国際テロ組織アルカーイダ系などのイスラム過激派が合意にすんなりと協力するとは、到底考えにくい。

 いずれの背景によるにせよ、今度の枠組み合意がスムーズに進まない場合、提案それ自体の適否が言い出しっぺに遡(さかのぼ)って問われることになろう。
 その結果として、プーチン氏の大飛球も、「大ファウル」に終わってしまう公算は否定し得ないのである。(きむら ひろし)