理系教育を破壊する就活長期化

・理系の学生は4月から10月の内定まで、実質的には卒業研究ができず、10月から3カ月程度でまとめる卒業研究では、知識やスキルを十分に向上させることができない。
・これは理系学部の教育の破壊であり、使い物にならない理系新入社員を増やすだけである。
・学生をレベルアップさせて初めて企業でリーダーシップがとれるエンジニアとなることができる。理系の大学院は、高度な基礎的知識と、実際の問題解決を通して実践的知識とスキルを獲得していく研究が最も重要な教育内容であり、それこそが世界に誇れる科学技術立国を支える基盤である。
経団連の本音は外資系企業、ベンチャー企業、そして経団連に加盟していない企業に優秀な理系人材を流すのが目的だったのだろうか。









〜〜〜関連情報(参考)〜〜〜
2015.5.13 05:01更新   【正論】
理系教育を破壊する就活長期化 同志社大学教授・三木光範
≪一番頑張ったのは就活か≫
 街に就職活動の学生が多くなってきた。企業の人事担当者が面接で尋ねる。「大学で一番頑張ったことは何ですか?」。学生が答える。「就職活動です」
 これは笑い話ではなさそうだ。
 経団連が策定した「採用選考に関する指針」に基づき、今年度から「学生が本分である学業に専念する十分な時間を確保するため、採用選考活動の早期開始を自粛」し、選考活動を「卒業・修了年度の8月1日以降」とした。
 しかし、今年度の企業の採用活動は昨年の夏のインターンシップから事実上始まっており、昨年末までに選考を終え、すでに内定を出した企業も多い。一方、昨年通り4月頃から選考を開始する企業や経団連の指針を守って8月1日から選考を始める企業も多い。
 学生の学業支援のために行った改革がその目的を果たさず、逆に、学生の就職活動は昨年の夏頃から今年の秋まで、延々と1年以上も続くことになり、大学教育は大きく阻害されている。
 文系の大学生の場合、3年生までは学業に専念し、4年生は実質的にはほとんど何もしないのだから、4月から10月の内定確定まで、就職活動すれば良いという考えで企業の選考を4カ月遅くしたというなら、百歩譲って理解できる。
 しかし、理系の教育は文系とはまったく異なる。
 理系では、4年生の時に行う卒業研究が大学教育の中で非常に大きな意味を持っており、私は1〜3年までの3年間と、卒業研究の1年間は同程度の価値を持つと考えている。そうでなければ理系の学費は文系と同じで良い。
 このため、理系の学生は4月から10月の内定まで、実質的には卒業研究ができず、10月から3カ月程度でまとめる卒業研究では、知識やスキルを十分に向上させることができない。これは理系学部の教育の破壊であり、使い物にならない理系新入社員を増やすだけである。
≪文系とまったく異なる事情≫
 理系では、学部4年生の卒業研究は、各個人が積極的に研究に取り組み、独創性は少なくても、調査・問題の発見・解決方法の考案・実験器具やシステムの製作・実験・データ解析・論文執筆・プレゼンテーションなど、3年間で学んだ知識を融合して実際に使い、スキルを磨いていく貴重な教育内容である。
 さらに大事なことは、理系教育では大学院教育が非常に重要であるということだ。レベルの高い大学の理系学部での大学院進学率は60〜80%であり、理系では大学院進学率がそのレベルを決めると言っても過言ではない。これが文系とまったく異なる点である。
 大学院では卒業研究をさらに深化させ、世界に通じる研究成果を出し、国内外の専門の学会で発表することが多い。
 そこまで学生をレベルアップさせて初めて企業でリーダーシップがとれるエンジニアとなることができる。理系の大学院は、高度な基礎的知識と、実際の問題解決を通して実践的知識とスキルを獲得していく研究が最も重要な教育内容であり、それこそが世界に誇れる科学技術立国を支える基盤である。
 それにもかかわらず、大学院修士課程の1年生の夏から始まる就活が、今年度からは、2年生の秋まで続くと、研究はほとんど進まない。経団連の指針は、理系の学部教育と大学院教育から、最も重要な研究という実践的問題解決のチャンスを取り上げ、理系教育を著しく阻害し、ひいては日本の科学技術を支える人的財産を毀損(きそん)するものである。
≪懸命に取り組むべきは何か≫
 私の研究室では、昨年度までは、早い学生では4月2日に、遅い学生でも5月初旬にほぼすべての学生の就活は終わり、そこから卒業研究や修士論文の研究に全力で取り組み、夏から秋には米国等の国際学会で数名が発表し、社会人になるまでに著しい成長を遂げることができた。
 今年度は経団連の指針を順守する大企業の正式な内定が出る8月初旬まで研究は実質的に進まず、国際会議で研究発表をすることもできず、就活が延々と続く。
 「大学院で一生懸命に取り組んだことは何ですか?」と尋ねられ、「基礎的な専門科目で習った知識を活用し、社会を少しでも変える研究に従事することで知識が有機的に繋(つな)がり、実践的スキルが向上し、海外での国際会議で英語で自分の研究成果を発表し、多くの人から称賛され、論文賞をとったことです」と、胸を張って言える大学院生が今年度は少なくなりそうである。
 大企業の人事担当者も昨年通り5月前後には内定を出したいが出せないというジレンマに陥っており、その間に外資系企業やベンチャー企業などが次々と内定を出し、優秀な学生を確保していく。
 もしかすると、経団連の本音は外資系企業、ベンチャー企業、そして経団連に加盟していない企業に優秀な理系人材を流すのが目的だったのだろうか。(みき みつのり)