・米国の「海洋安全保障戦略」や日本の「国家安全保障戦略」などの戦略文書は、中国の世界制覇志向に対する危機意識がない。

オバマ政権は混迷する中東とアジア情勢の解決に主導権を握ることができないでいる。
・カーター国防長官は「誤った戦略を追求する限り、ロシアと協力するつもりはない」と言明。
オバマ政権が11年に打ち出したアジア重視戦略は成果を上げていない。
・西太平洋においても「力の空白」が生じ、中国は13年11月に東シナ海に「防空識別区」という名で疑似領空を設定し、南シナ海岩礁を人工島にし、軍事施設化するための大規模な埋め立て工事を始めた。
・中露は力による現状変更を進める国であり、特に中国の勢力拡大戦略に対しては、日米はもっと明確な対抗戦略が必要ではないか。
習近平は自国を「アジアの盟主」と位置付け、米国の影響力を東シナ海南シナ海から排除し、ハワイ以東に後退させることを明白にしている。
・米国の「海洋安全保障戦略」(15年8月)や日本の「国家安全保障戦略」(13年12月)などの戦略文書は、中国の世界制覇志向に対する危機意識がない。













〜〜〜関連情報(参考)〜〜〜
2015.12.30 05:01更新  【正論】
日米は対中露戦略の見直しを 平和安全保障研究所理事長・西原正

 間もなく幕を閉じる2015年は、近未来の国際秩序を大きく変質させる重要な節目の年となりそうである。9月末にオバマ大統領は中露の首脳と相次いで会談したなかで、米中、米露関係の厳しさを際立たせることになった。オバマ政権は混迷する中東とアジア情勢の解決に主導権を握ることができないでいる。日本はこの事態を深刻に受け止めて、自国の安全に取り組む覚悟が必要である。
≪米露代理戦争の様相も≫
 9月25日のワシントンでのオバマ習近平首脳会談は失敗であった。オバマ大統領が中国の対米サイバー攻撃を批判すると、習近平国家主席は「中国もサイバー攻撃の被害者だ」と反論。中国の南シナ海における岩礁の人工島化を批判すると、習近平氏は「南シナ海は中国の核心的利益である」と言って取り合わなかった。
 そうした会談を反映し、その後の記者会見も重い雰囲気で進められ、会見後は両首脳が握手もせずに反対方向に退場したのである。

 その数日後の9月28日にオバマ大統領はニューヨークでプーチン露大統領と、イスラムスンニ派過激組織「イスラム国」(IS)の掃討などシリア情勢に関して会談したが、アサド大統領退陣を要求する米国の主張とアサド政権の温存を主張するロシアとの折り合いはつかなかった。その結果、9月30日にプーチン大統領はロシアによるシリア空爆を指示したが、空爆の標的がIS勢力ではなく反体制派であることを、オバマ政権は強く非難することとなった。
 一方、米国は10月12日以降、反体制派を支援して小火器用の弾薬を投下し始めた。カーター国防長官は「誤った戦略を追求する限り、ロシアと協力するつもりはない」と言明。こうして米露代理戦争の様相さえ呈し始めた。
 その後、トルコのアンタルヤで開催された20カ国・地域(G20)首脳会合後の米露首脳会談で、シリア内戦終結に向けて協力することで合意はしたものの、協力関係はほとんど進んでいないようだ。

≪アジア回帰ができていない≫
 米国は中露の2つの大国と、同時に対立関係に立つという厳しい状況に面している。これはオバマ政権が対立国との軍事衝突を避けながら協調の道を探ろうとして、対立国からは「弱腰外交」とみられてきたツケであった。
 この結果、オバマ政権が11年に打ち出したアジア重視戦略は成果を上げていない。
 財政支出の強制削減で国防予算の大幅削減があったとはいえ、ロシアのクリミア併合に代表される米露対立やイラン、イラク、シリアなどの中東の政治的混乱への対応に追われて、アジアに十分な注目を払うことができないできた。
 西太平洋においても「力の空白」が生じ、中国は13年11月に東シナ海に「防空識別区」という名で疑似領空を設定し、南シナ海岩礁を人工島にし、軍事施設化するための大規模な埋め立て工事を始めた。
 14年4月にオバマ大統領は日本、韓国、フィリピンなどの同盟国や友好国マレーシアを訪問して中国に対する勢力均衡を図ったが、実際に南シナ海に艦船を派遣して中国の拡張主義を牽制(けんせい)したのは今年10月27日であった。
 それは9月末のワシントンでの米中首脳会談における習近平氏の非協調的態度への報復であった。
 中露は力による現状変更を進める国であり、特に中国の勢力拡大戦略に対しては、日米はもっと明確な対抗戦略が必要ではないか。

≪拡大する中国の世界制覇志向≫
 習近平氏は12年11月に共産党総書記に就任した際、「中華民族の偉大な復興」を統治理念として掲げた。そして13年6月にオバマ大統領と会談をした際、太平洋を二分し東半分は米国の管理下に、西半分は中国の管理下において米中の「新しい大国間関係」を築くことを提案した。
 また14年5月の上海でのアジア信頼醸成措置会議では「アジアの安全はアジア人民に依拠して守っていかねばならない」と演説している。
 このように習近平氏は自国を「アジアの盟主」と位置付け、米国の影響力を東シナ海南シナ海から排除し、ハワイ以東に後退させることを明白にしている。
 これは中国のより大きな戦略の第1段階にしかすぎない。南アジアの国々を囲むようにしてインド洋のプレゼンスを強化する「真珠の首飾り」作戦を展開している。中国はロシアと今年5月に地中海で、8月に日本海で海軍合同演習を行い中露協力関係を誇示した。

 米国の「海洋安全保障戦略」(15年8月)や日本の「国家安全保障戦略」(13年12月)などの戦略文書では、米中および日中の安定的な関係を樹立することを前提にしており、強力な日米同盟が中国の覇権的行動を牽制していけば、中国はいずれ平和的で責任ある国際社会のメンバーになることの便益を学ぶだろうとの想定になっている。そこには中国の世界制覇志向に対する危機意識がない。

 日米は今後、中露がどういう動きを示すかを注視しながら、早急に基本的な対中戦略および対露戦略を見直すべきではないか。(にしはら まさし)