・ジョージ・ケナンは冷戦が終わったとき、ブッシュ(父)政権を鋭く批判して「民主主義や人権を掲げて世界各地に介入」することに強く反対した。

・三つの「妖怪」とは?「テロの大波」「大量破壊兵器」「トランプ旋風」
アメリカは日本の核保有を含めた自主防衛を容認すべきだ
アメリカだけに負担が偏った不公平な北大西洋条約を見直すべきだ
・これらは25年前に起こった、あの湾岸戦争に由来
・1991年4月6日、サダム・フセインイラクが国連安保理決議687号を受諾して、アメリカをはじめとする多国籍軍との停戦が成立した。
イスラム過激派によるテロは、ウサマ・ビンラーディンとアルカーイダ登場の背景からもわかる通り、明らかにこの湾岸戦争が決定的な原因となった。
・「ハイテク兵器の精密攻撃で、あっという間に片付いたはずの(湾岸)戦争がこれほど長引くなどと、25年前に誰が想像しただろうか?」
ジョージ・ケナンは冷戦が終わったとき、ブッシュ(父)政権を鋭く批判して「民主主義や人権を掲げて世界各地に介入」することに強く反対した。
・ケナンは北大西洋条約機構NATO)の東欧への拡大には強く反対したが、歴代の米政権は耳を貸さず、結局、「プーチンのロシア」を招来することにもなった。
・ケナンはアメリカの国力を使い切るような世界への介入を冷戦後も続けることを、「叙事詩的な戦略的過ち」とした。
孤立主義への回帰傾向は決して「跳ね返り」の妄言と片付けられないのである。













〜〜〜関連情報(参考)〜〜〜
2016.4.8 12:03更新  【正論】
世界を徘徊する「妖怪」生んだ米国の戦略的過ち 
京都大学名誉教授・中西輝政

 今、三つの「妖怪」が世界を徘徊し、人々の心を不安にさせている。
 その一つはイスラム過激派による「テロの大波」である。二つ目は、冷戦後の世界で急に耳にすることが多くなった大量破壊兵器という「妖怪」である。先週ワシントンで世界の首脳が一堂に会した「核安全保障サミット」が開かれたのも、そのグローバルな脅威に対処するためであった。
 そして今年に入って急速に浮上している第三の「妖怪」が、アメリカ大統領選挙での「トランプ旋風」である。
* 不安の根っこにあるもの:
 周知のようにトランプ氏はイスラム教徒の入国禁止など、人種・民族差別や民主主義の価値観を蔑(ないがし)ろにするような暴言を繰り返している。なかでも日本人の心に不安や動揺をもたらしているのが、在日米軍の経費負担を大幅に増額しない限り米軍を撤退させ、アメリカは日本の核保有を含めた自主防衛を容認すべきだ、という主張である。
 同時に彼は、欧州諸国との間でもアメリカだけに負担が偏った不公平な北大西洋条約を見直すべきだとしている。
 こうした主張は民主党予備選で、もう一つの「旋風」になっているサンダース候補も大まかには共通しており、両者とも明白に孤立主義の傾向を示している。
この三つの「妖怪」が、いま人々の心を大いに不安にさせているのである。
 しかしそのようなとき、大切なことは、まず眼前の事態に実務的で堅実に対処すると同時に、闇雲(やみくも)に不安感を高めるのではなく、大きな見取り図をもって問題の「根っこ」をしっかりと見定めることである。そこで大切なことは、この三つの「妖怪」のいずれもが、実は
一つの出来事に由来していることを知ることであろう。それは25年前に起こった、あの湾岸戦争である。
* 紛争への関与深めるきっかけに:
 ちょうど25年前の1991年4月6日、サダム・フセインイラクが国連安保理決議687号を受諾して、アメリカをはじめとする多国籍軍との停戦が成立した。
 この戦いで、米軍の圧倒的な武力と国連を中心に反フセインの大連合を形作ったアメリカ外交の覇権的な主導力の強さとが相まって、「アメリカ一極の時代」を確立したといわれたものだ。
 しかし、イスラム過激派によるテロは、ウサマ・ビンラーディンとアルカーイダ登場の背景からもわかる通り、明らかにこの湾岸戦争が決定的な原因となった。
 今年の1月、米誌『ニューズウィーク』は、トランプ氏の独走で当初、本命視されていたジェブ・ブッシュフロリダ州知事が大苦戦している原因を、兄ジョージ・W・ブッシュ前大統領が残したイラク戦争の負のイメージとともに、ブッシュ家とテロとの因縁の深さが嫌われた要因であり、「それは(彼らの父親である)ジョージ・ブッシュが始めた25年前の湾岸戦争にさかのぼる」と論じた。
 つまり、湾岸戦争と「9・11」同時テロ、そして2003年のイラク戦争が一つの因果関係を成しており、それゆえ一体のものとして受け取られているわけである。
 湾岸戦争後もフセイン体制は存続し、さきの停戦条件の中で義務づけられた大量破壊兵器廃棄の項目に違反したことを理由に始められたのが、イラク戦争であった。
 しかしその結果はイラク大量破壊兵器は存在しないことが証明され、「大量破壊兵器」という語は国際的に正当性を傷つけられ、「戦争を始める口実」ではないのか、という認識を広げたため、現在の、半ばおおっぴらな国際取引の横行にまでつながった。
 さきの『ニューズウィーク誌』は次のように結論づけている。「ハイテク兵器の精密攻撃で、あっという間に片付いたはずの(湾岸)戦争がこれほど長引くなどと、25年前に誰が想像しただろうか」
 いずれにせよ湾岸戦争は、アメリカが、冷戦が終わり平和が到来したはずの世界で起こった戦争によって唯一の超大国、覇権大国としての地位を確立し、その後、世界の紛争への関与を深めていくきっかけにもなった。

* ケナンが恐れた国力の費消:
 有名な「封じ込め戦略」の立案者とされたジョージ・ケナンは冷戦が終わったとき、ブッシュ(父)政権を鋭く批判して「民主主義や人権を掲げて世界各地に介入」することに強く反対した。
 とりわけそれが中国やロシアと和解不能の対立を招くことを恐れたからであった。
 実際ケナンは北大西洋条約機構NATO)の東欧への拡大には強く反対したが、歴代の米政権は耳を貸さず、結局、「プーチンのロシア」を招来することにもなった。
 またケナンはアメリカの国力を使い切るような世界への介入を冷戦後も続けることを、「叙事詩的な戦略的過ち」とした。
 サンダース氏やトランプ氏の唱える孤立主義への回帰傾向は決して「跳ね返り」の妄言と片付けられないのである。(なかにし てるまさ)