「安逸な生活」を提供するのではなく、国家の「威信」や「声望」を実現することにある!それが改革だ!

・1958年6月、シャルル・ドゴールが政界に復帰した折、迫られたのは、アルジェリア植民地の独立に絡む危機に加え、財政破綻の危機への対応だった。
・ドゴールが「経済」の文脈で展開したのは具体的には、農業、自動車、エレクトロニクス、エネルギー、航空宇宙開発といった様々な産業領域において、フランスの「自律性」を担保するに足る強さを実現することだった!
・ドゴールは、フランス農家の4分の3が零細で採算の取れない状態であったことを踏まえ、産業としての農業の「競争力」の確保に向けて、農地の規模拡大に始まり、高齢農民の引退と世代交代の促進、年金制度の整備、流通機構の整備、農業教育の拡充と技術の開発に至る広範な改革だった! 農家に「補償」や「救済」を与えるのではなく、「富国」の目的に沿う産業として農業を成り立たせることだ!
・法人・個人所得、奢侈品、酒、たばこの増税や公職者給与の引上凍結、社会保障支出削減といった、「入るを量りて出ずるを為(な)す」趣旨の諸々の施策、さらには、フラン通貨価値防衛に併せて、財政破綻回避と経済成長実現に寄与する政策対応だった!
・産業としての農業の「競争力」を向上させるための思考を伴っているか!
一国の「富」に関わる施策の趣旨は、国民各層に「安逸な生活」を提供するのではなく、国家の「威信」や「声望」を実現することにある!


〜〜〜関連情報<参考>〜〜〜
TPP論議にみる主体性の欠落
東洋学園大学教授・櫻田淳
2011.10.26 03:02 [正論]
 現下、野田佳彦内閣が迫られている政策判断の一つが、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉への参加の是非である。これは、復興増税の扱いに並ぶ難題であるけれども、それとは決して関連のない政策課題ではない。そもそも、財政、金融、産業振興、民生安定といった一国の「富」に関わる施策は、何を趣旨としているのか。野田首相に問われているのは、そのことに相対する感性であろう。
≪あのドゴールも「経済」重視≫:
 振り返れば、1958年6月、シャルル・ドゴールが政界に復帰した折、彼が迫られたのは、アルジェリア植民地の独立に絡む危機に加えて、財政破綻の危機への対応であった。往時のフランス財政は、対外債務と歳入欠陥が重なり破綻寸前の状態にあった。
 後日、ドゴールが下した独自の核武装の断行やNATO北大西洋条約機構)の軍事部門からの脱退といった政策判断は、「フランスの偉大さ」への彼の志向を強烈に印象付けたけれども、そうした「フランスの偉大さ」への志向は、健全な財政と盤石な経済によって担保されなければならなかった。
 実際、ドゴールが自らの執政に当たって第一の比重を置いたのは、自らの「武官」としての個性や経歴の印象とは裏腹に、「経済」に絡む政策領域への対応であった。財政再建と経済復興は、ドゴールの語られざる業績の一つである。
 ドゴールが「経済」の文脈で展開したのは具体的には、農業、自動車、エレクトロニクス、エネルギー、航空宇宙開発といった様々な産業領域において、フランスの「自律性」を担保するに足る強さを実現することであった。
 たとえば、現在、フランス農業の「競争力」の高さは、敢(あ)えて指摘するまでもない。しかし、それは、第五共和制下のドゴール執政期に断行された諸々の施策の所産であった。
≪フランス農業の競争力強める≫:
 ドゴールは、往時のフランス農家の4分の3が零細にして採算の取れない状態であったことを踏まえて、産業としての農業の「競争力」の確保に乗り出した。それは、農地の規模拡大に始まり、高齢農民の引退と世代交代の促進、年金制度の整備、流通機構の整備、農業教育の拡充と技術の開発に至る広範なものであった。
 しかも、ドゴールは、その執政当初の5年の間に農業予算を3倍強に増やした。農家に「補償」や「救済」を与えるのではなく、「富国」の目的に沿う産業として農業を成り立たせるというのが、ドゴールの施策の趣旨であった。
 これに加えて、ドゴールが第二次世界大戦終結直後に共和国臨時政府首班として創設したCEA(フランス原子力庁)は、十数年後の原発本格稼働に結実し、現在に至る原子力推進政策方針の原点になった。これもまた、エネルギー需給における「自律性」を確保しようというドゴールの論理を反映したものであった。
 ドゴールは、こうした施策を抱き合わせにして、「市場」の確保を目的として、「欧州統合」を推進した。「欧州統合」の推進を軸にして、自由貿易体制の論理に乗ることは、農業を含めてフランス産業の強さを担保する対応であったのである。
 そして、それこそは、法人や個人所得、奢侈(しゃし)品、酒、たばこを対象とした増税や公職者給与の引き上げ凍結、社会保障支出の削減といった、「入るを量りて出ずるを為(な)す」趣旨の諸々の施策、さらには、フランという通貨の価値の防衛に併せて、財政破綻の回避と経済成長の実現に寄与する政策対応であった。
≪土俵で闘うには稽古も必要≫:
 目下、TPP交渉参加の是非に絡む議論が、とりわけ民主党内で沸騰している。この議論に関して留意すべきは、それが賛成と反対の何れの趣旨であれ、自由貿易体制という「世界を相手にした土俵」を前にして、「兎(と)に角(かく)、土俵に上がらなければならない」という議論も、「土俵に上がれば敗ける人々が出て来る。故に、上がるべきではない」という議論も、有益ではないということである。TPP交渉参加を支持する人々は、それが自由貿易体制の「果実」を無条件にもたらすものだという安易な期待を抱いてはならないであろう。「土俵」で闘うにも、相応の稽古の蓄積や態勢の裏付けが要るのである。
 片や、TPP交渉参加に反対する人々は、それが産業としての農業の「競争力」を向上させるための思考を伴っているかを自問しなければなるまい。「土俵で闘えない状態」を放置することは、農業を含む産業振興の施策の趣旨とは相容(あいい)れないのである。
 ドゴールは、一国の「富」に関わる施策の趣旨は、国民各層に「安逸な生活」を提供するのではなく、国家の「威信」や「声望」を実現することにあると語った。TPP交渉参加に絡む議論に際しても、こうしたドゴールの認識は、参照するに値しよう。(さくらだ じゅん)